2021年9月12日日曜日

日本では、なぜ「尊厳死」議論がタブーなのか

日本では、なぜ「尊厳死」議論がタブーなのか

尊厳死が認められれば安楽死は不要なのに

2020年02月16日
日本では病院を始め、尊厳死に後ろ向きな傾向が強いのはなぜか(写真:EKAKI/PIXTA)

舞台はオリンピック景気後、転落の一途をたどる2024年の東京。国の財政はいよいよ逼迫、さまざまな治療が保険適用から外されていく。究極の策として浮上したのが、心身共にもう見込みがない人、延命を望まない人はどうぞ死んでくださいという、「安楽死特区構想」だった。小説『安楽死特区』を書いた長尾クリニックの長尾和宏院長に詳しく聞いた。

日本人がスイスに押し寄せかねない

──昨年NHKで放映された、日本人女性がスイスで安楽死を遂げる番組が大反響を呼びました。「ありがとう」とささやいて穏やかに逝く姿に、モヤモヤしていた「安楽死」という言葉が、現実の形を帯びたような気がします。

彼女を担当した医師とは、私は2回会っています。スイスには安楽死団体が複数あって、数年前に訪問したとき「ここで見たことは日本で話さないでください」と言われました。なぜか。日本人が押し寄せてしまうからです。

日本で安楽死はもちろん認められていません。単なる殺人です。だから今回の件は日本人が外国で殺人事件に遭ったのと同等です。でもそれを扱う法律がない。スイスからしたら、そんなややこしい国から大勢来られたら困るんです。そういう問題を抜きにして、こんな美しい死に方がありました、とNHKがスクープ的に放映した。

『週刊文春』の調査では日本人の8割が安楽死に賛成だった。昨日、大阪で講演したんですが、やはり3分の2の方が安楽死に賛成でした。終了後、若くピンピンした男性に「紹介状を書いてくれ」と1時間つかまりました。元気な今のうちにスイスに渡りたい、と。

──今の日本で老後を考えると何か暗くなる。だったら自分の最期は自分で決めて、楽に死にたいっていう気持ち、正直わかります。



皆さんが憧れてるのは、安楽死じゃなく“安楽な死”。痛くない苦しまない死に方ですよね。それなら、もっと自然に逝ける尊厳死がある。皆さんいきなり安楽死に話が飛んで、ユートピアのように夢想している。でも尊厳死と安楽死はまったくの別物です。

尊厳死は、死期が近く、延命治療でなく自然な経過に任せてほしいと本人が望み、それをリビングウィル、生前意思として書く。そしてモルヒネ等による痛みの緩和に重点を置く。その結果が尊厳死です。安楽死は違います。死期は近くない、本人の希望で元気なうちに医者に“殺して”もらう。

尊厳死ができれば安楽死なんて不要

聖路加国際病院の名誉院長だった日野原重明先生も105歳で尊厳死されました。リビングウィルを書かれて延命治療を受けなかった。リビングウィルを書いて尊厳死ができれば、安楽死なんて不要なんです。私はこれまで、在宅医療で1200人以上お看取りした。みんな尊厳死です。尊厳死ならより長く生き、最後まで食べられてお話しができて、苦痛も少ない。

長尾和宏(ながおかずひろ)/1958年生まれ。医学博士。東京医科大学卒業後、大阪大学第2内科入局。95年兵庫県尼崎市に長尾クリニック開業。日本尊厳死協会副理事長、日本慢性期医療協会理事、日本ホスピス在宅ケア研究会理事などを務める。『痛くない死に方』ほか著書多数。(撮影:尾形文繁)撮影)

──確かに、発想が一気に安楽死へ飛んでいたかもしれません。

日本ではいじくり回すことが医療なんです。大学病院でもがんセンターでも、尊厳死はできない。全身に管をつながれて最期を迎える。自然死できない、させてもらえない国です。終末期の医療、延命治療で医者が従うのは学会のガイドラインであって、患者本人の意思じゃない。尊厳死ですらグレーの国。けったいな国なんです。

──そもそも、なぜ病院は尊厳死を拒絶するんですか。

本人が一筆書いた場合でも、家族から訴えられるリスクがある。日本はリビングウィルが法的に担保されていない唯一の先進国です。それどころか政府が、リビングウィルは医療訴訟のリスクが増すから「書くな」と言っていました。

それに対し、2年半前に日本尊厳死協会が行政訴訟をしました。その主張が認められ、1審2審と国が敗訴した。そして昨年11月に初めて、リビングウィルを書く行為自体は「悪いことじゃない」と司法が認めたわけです。



──2年半かかってようやく、「書くな」から「書いてもいい」ですか……。でも法律的に認められたわけじゃないんですよね?

ええ、書いてもいいよ、の段階。これでも画期的なんです。法律はハードルが高い。尊厳死のリビングウィルの問題では僕は何回も国会に行ったし、議連や個別に出向いて説明もしてる。

ところが公に議員会館で議論となると、反対派がバーッと入ってきて「人殺し!人殺し!」と封鎖されてしまう。議員には脅迫メールが来る。少し前向きな発言をしただけでもアウト。みんな腰が引けちゃって、今この問題に踏み込む議員はゼロです。子育て支援や年金守りますと違ってこんなややこしい問題、票にならないから。メディアも関心がなく、いっさい報道しない。

8割の日本人がベッドの上で「溺死」させられる

──安楽死=医師を介した自殺。でもその前にチョイスがある、と。

そう、チョイスがある。皆さんに尊厳死のことを知ってほしい。

『安楽死特区』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

尊厳死の議論が進まないのは、障害者団体、難病団体、宗教団体、弁護士会などの反対があるからです。でも患者さんの意思を尊重するというのは、古代ヒポクラテスの時代から医療の大原則。これは人権であり幸福追求権です。8割の日本人がベッドの上で最期まで点滴を受けて、溺死させられる。

溺死じゃなく枯れるということ、自然な脱水を容認する文化、そちらのほうが最期まで自分らしくあり続けられる。アナウンサーの小林麻央さんも最後まで食べて「愛してる」と言って死んだ。プロ野球の星野仙一さんもおせち料理を食べて、自分でトイレに行って最後まで自立して亡くなった。みな自宅で尊厳死してるんです。

──死というものが、いつの間にかシンプルじゃなくなった。

チベットでは医者が関わらなくても、翌朝死んで鳥に供えられたら、それで死です。日本は孤独死して3カ月経って腐乱して見つかっても、医者が解剖して検死してどこまでも医療が関わってくる。「延命治療お断り」とリビングウィルカード持って、お断りの入れ墨をして、Tシャツにまでプリントして延命治療を拒否する人もいるんです。それでも医療が入らなきゃいけない。法律がないから。

僕は治すほうの医者でもあります。ただ治すのも限界があって、治らないなら安楽に送ってあげることも医者の仕事だと思ってるんです。それは尊厳死なんです。安楽死を夢見る前に、まず足元を見てほしい。

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