2022年2月10日木曜日

合法?違法?安楽死、自殺幇助に対する10か国のスタンス

 

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 最近アメリカで、末期の脳腫瘍で余命半年と告知され、みずから死を選ぶと宣言していた29歳の女性が、医師から処方された薬物を服用して死亡していたことが分かり「安楽死」の是非について世界的に大きな議論を呼んだ。安楽死や自殺幇助(ほうじょ)は、どこの国でも常に議論の対象となっている。

 ともに患者の苦痛を終わらせるという目的があるのだが、倫理的な観点から各国では合法にすべきか、非合法にするべきかで揺れ動いている。ここでは日本を含む、世界10か国の法律的な安楽死、自殺幇助に関するスタンスを見ていこう。
 安楽死、自殺幇助はそれぞれ2種類に分けられる

積極的安楽死:

患者本人の自発的意思に基づく要求に応じ、患者の自殺を故意に幇助してに死に至らせること

消極的安楽死:

患者本人の自発的意思に基づく要求に応じ、または、患者本人が意思表示不可能な場合は患者本人の親・子・配偶者などの自発的意思に基づく要求に応じ、治療を開始しない、または、治療を終了することにより、結果として死に至らせること

積極的幇助:

患者本人の自発的意思に基づく要求に応じ、苦痛のない自殺手段を提供すること

消極的幇助:(尊厳死)

回復の見込みのない患者に対し、それ以上の延命措置を打ち切ることを指す。改善の見込みのない苦痛よりも死を選択するとの意味から、尊厳死とも呼ばれる。

10. カナダ

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 カナダは積極的安楽死、積極的幇助は違法であるが、消極的幇助(尊厳死)は合法である。

9. アルバニア

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 アルバニアでは自殺幇助と安楽死の議論が盛んな国である。1999年から一部のケースにおいて自殺幇助が合法となった。患者が昏睡状態など意思表示ができない状態で、家族三人が同意し正当な承諾が得られた場合に限り、消極的幇助が合法となったのだ。

8. コロンビア

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 コロンビアでは、ガン、エイズ、末期患者、腎・肝不全と診断され苦しんでいる末期患者が死を希望し、かつ明確な家族の承認が得られた場合には、自殺幇助が合法となる。コロンビアの憲法裁判所は2010年、自殺幇助を認める判決を出し、末期患者への自殺幇助では何者も罪には問われないとした。

7. 日本

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 日本に安楽死を認める法律はない。1991年、家族の要望を受けた医師が患者に薬物を注射するなどして死亡させた東海大学病院安楽死事件での判例では、以下の4つの条件を満たさない場合は違法行為となると認定されている。
1.患者が耐え難い激しい肉体的苦痛に苦しんでいる。

2.患者の病気は回復の見込みがなく、死期が迫っている。

3.あらゆる手を尽くしても患者の肉体的苦痛取り除く手段が他にない。

4.患者本人が安楽死を望んでおり、自発的に意思表示している。
 消極的幇助(尊厳死)について、一部合法化しようという動きがある。それは、「2人以上の医師が”死期が間近”と判断し、本人の希望が書面などで明らかな場合に、延命治療をやめても、医師の責任を問わない。」という内容のものだが、反対意見が多く法案提出には至っていない。

6. アメリカ

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 連邦政府は死に関する法律での議論を避けてきたため、州ごとの法律が一般的に安楽死や自殺幇助の合法性を規定しているそうだ。積極的安楽死は全州で違法だが、自殺幇助はバーモント州、ニューメキシコ州、オレゴン州、ワシントン州とモンタナ州の5つの州で合法だ。

5. ドイツ

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 ドイツでの患者は、文書命令によりどんな治療も拒否する権利をもっている。例えその治療が自身の命に関わるものであったとしてもだ。さらに自殺幇助はなかば合法であり、患者からの文書命令があれば、医師は合法的に病気の患者に寿命を短縮する薬を処方することができる。

 患者の承諾があれば医師は患者から生命維持装置をはずすことも許されているが、どんな方法であれ医師が患者意志を無視して生命を奪うことは許されていない。そのため、消極的幇助・安楽死は合法だが、積極的幇助・安楽死は違法となっている。

4. スイス

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 スイスでは1930年代から自殺幇助が合法な一方、積極的安楽死は違法である。これは、患者自身が自分の意志で服薬する限りは、医師が患者に致死量の薬を処方すること自体は合法ということである。しかも実際に致死量の薬を服用する場合、医師はその場に居合わせる必要がないという。これ故に末期患者がスイスに渡り医師に薬を処方してもらい自殺するという外国からの「自殺ツーリズム」が多く行われているという。

3. ルクセンブルク

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 ルクセンブルクは2009年、安楽死が合法化された3番目の国となった。ルクセンブルクの患者は、末期でありかつ二回以上の要求をすれば安楽死する権利を得られるという。患者からの要請の承認は2人の医者と、患者の意志表明、それを合理的に判断する専門家らによる審査員団によって行われる。

2. ベルギー

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 ベルギーでは安楽死が10年前から合法となっている。この国での安楽死に関する法律は極めて包括的で、革新的だと言う人もいれば、極めて危険だと考える人もいる。今のところ、「治療しても取り除くことのできない、堪えがたい肉体的・精神的苦痛に絶えずさらされている状況」にある患者が安楽死を要請するようである。

1. オランダ

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 世界で一番最初に安楽死を合法化した国はオランダである。2002年にこの法案を通した。12歳以上ならば安楽死の要請ができるそうだが、その承認の条件は厳しく、耐え難い苦痛にさらされている末期患者のみが許可される。さらに、患者は安楽死を要求したときに精神状態が正常でなければならない。安楽死が実行される前には、担当医師とは別の医師と専門委員会がその是非の判断をくだすのだそうだ。

via:therichest・原文翻訳:such
 尊厳死を公言した米国人女性、ブリタニー・メイナードさん(29)

 末期の脳腫瘍を患いネット上で尊厳死を予告する動画を公開したブリタニー・メイナードさんだが、予告通り自らの命を絶った。メイナードさんは11月1日、自宅で安らかに息を引き取ったという。

 「親愛なる全ての友人たちと愛する家族のみんなへ。さようなら。私は今日、尊厳死を選びます。脳腫瘍は私からたくさんのものを奪っていきました。末期となった今、尊厳死を選ばなければさらに多くのものが奪われてしまったことでしょう」、「世界は美しさに満ち溢れていました。旅は、私の偉大なる教師でした。そしてもっとも偉大な支援者は家族、友人と仲間たちです。このメッセージも、偉大なる支援者たちは私のベッドのそばで応援してくれています。さようなら、世界。この世に善が満ち溢れていくよう、次へつなげてください。」メイナードさんはソーシャルメディア上でそう書き残した。
 メイナードさんは、結婚してまもない今年1月に余命半年の宣告を受け、進行性がんにより苦痛を伴う死になると告げられた。その後、米国内で「死ぬ権利」が認められている数少ない州の一つ、オレゴン州に夫と共に移り住んでいた。

 https://karapaia.com/archives/52177142.html

人は死ぬ権利があるのか?世界的に波紋を呼んだ9つの安楽死

 

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 回復不能な病を患った時、耐えがたい心身の苦痛がある時、人は死を選ぶ権利があるのだろうか?安楽死問題は、世界各国で大きな議論を呼んでいる。

 一般的に安楽死は2種にわけられる。患者本人の自発的意思に基づく要求に応じて、患者の自殺を故意に幇助して死に至らせる、”積極的安楽死” と、患者本人の自発的意思、またはは親・子・配偶者などの自発的意思に基づく要求に応じ、治療をしなかったり、治療を終了させ、結果的に死に至らせる”消極的安楽死” がある。

 ここでは、世界的に波紋を呼んだ積極的安楽死、8つケースについて見ていくことにしよう。

1. 大統領に安楽死を直訴した14歳の少女(チリ)

 末期の嚢胞性線維症に苦しむチリの14歳の少女が、大統領に安楽死の許可を嘆願している。彼女の名はヴァレンティーナ・マウレイラ。赤ん坊のときにこの病気の診断を受け、最近、フェイスブックに自撮りの動画を投稿して、チリ大統領ミシェル・バチェレに必死に面会を訴えた。
わたしの名前はヴァレンティーナ・マウレイラ、14歳。嚢胞性線維症に苦しんでいます。一刻も早く大統領とお話ししなくてはなりません。この病気とともに生きるのに疲れてしまったからです。大統領が認めてくれれば、永遠にわたしを眠らせてくれる注射をうってもらえます。
 病室で撮影された動画は2015年2月に投稿され、ユーチューブでも拡散されている。
ADOLESCENTE FIBROSIS QUISTICA HACE LLAMADO A BACHELET チリの法律では、自殺幇助は禁止されているため、大統領がヴァレンティーナの願いをかなえることは不可能だ。

 しかし、少女の悲痛な叫びは、この国の2000万の人の心を動かした。ツイッターでも大きな話題になり、彼女の動画は、安楽死をカトリック国家で合法化するべきかどうか、広く議論される引き金とになった。

 自身も小児科医であるバチェレ大統領は、ヴァレンティーナを訪問し、1時間あまり面談した。嚢胞性線維症は、遺伝子疾患で効果的な治療法はない。肺や内臓が粘液の厚い層で詰まってしまい、衰弱する。

 体重34キロのヴァレンティーナは、人工呼吸器に頼っていて、チューブから栄養を与えられている。一か月前に同じ病院でこの病気の患者が亡くなったことから、ヴァレンティーナは安楽死を望むようになった。

2. 死ぬ権利を求めてオレゴン州に引っ越した不治の病に冒された29歳の女性(アメリカ)

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 オレゴン州の尊厳死法のもと、自らの人生に終止符をうつことを宣言していたブリタニー・メイナードが、2014年11月1日にバルビツール酸系鎮静薬の致死薬を自宅で服用して死んだ。29歳だった。フェイスブックにさよならレターを投稿していた。

 メイナードと夫のダン・ディアスは、一ヶ月前にオレゴン州の尊厳死法を活用するつもりだと発表して世間の注目を集めていた。

 これは、末期患者が医者が処方する致死薬物を服用して、自分の意志で自らの命を終わらせるのを認めるというものだ。ふたりは6月にカリフォルニアから、1994年に尊厳死が認められたオレゴン州に転居した。

 メイナードは、2014年1月にステージ4の悪性脳腫瘍と診断され、余命半年と言われていた。自ら命を絶つという彼女の決断は、死ぬ権利と自殺幇助の論争に火をつけた。彼女の行動はひとりよがりだと批判されたが、支持者たちは彼女の勇気を褒め称えた。
The Brittany Maynard Fund

3. 病に苦しむ夫のそばで自らも死を望んだ女性(カナダ)

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 50年間連れ添ったカナダに住むジョージとベティ・カウンビアは、死ぬなら一緒にと願っていて、同時に自殺することが法的に認められた最初の夫婦になろうとしていた。ふたりはジョン・ザリスキーの2007年のドキュメンタリー「自殺旅行者」で取り上げられた。

 カナダでは自殺幇助は合法だが、ふたりはスイス政府の認可でその一生に終止符を打つことを希望した。ジョージは心臓疾患に苦しんでいるが、ベティは健康そのもので、ふたりの希望は珍しいケースだ。

 スイスの自殺幇助機関ディグニタスの代表ルードウィッヒ・ミネリが、カウンセリング後、健康な人にも致死薬を処方する権利を医者に許可するため、チューリッヒ州に嘆願したが、結局この夫婦の希望は却下された。

 だが、2009年、事態は奇妙な展開となった。ベティがガンを発症して亡くなり、夫のジョージは心臓疾患を抱えながら生き続けている。

4. 安楽死を望んだ双子のきょうだい(ベルギー)

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 2012年、うりふたつの双子のきょうだい、マークとエディ・フェルベッセンがベルギーの医師によって安楽死した。ふたりは生まれながらに耳が聞こえず、まもなく全盲になると診断されていた。

 国の安楽死法の下での珍しいケースで、アントワープ出身のこの45歳の双子は、互いの姿がもう見られなくなってしまうことが耐えられずに死を選んだ。12月14日、イェットにあるブリュッセル大学病院で薬物注射によって安楽死した。

 ふたりは耐えがたい痛みに苦しんでいたわけでも、不治の病におかされていたわけでもなかったため、このケースはかなり物議をかもした。

 ふたりとも靴職人として働き、アパートをシェアしていた。安楽死を統括する医師のデイヴィッド・デュフォアは、このきょうだいはまぎれもなく誠実な思いで決断を下したのだと主張した。

5. 刑務所での耐えがたい生活よりも、安楽死する権利を認められた殺人犯(ベルギー)

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 2014年9月、刑務所で精神的に耐えがたい毎日を送っていたレイプ殺人犯が、ベルギーの安楽死法の下、死ぬ権利を認められた。それ以来、少なくともほかの15人の囚人からも同じような要求があがっているという。

 2002年以降ベルギーでは、肉体的、精神的な苦痛が耐えられず、もうその状況を改善することができないと医療専門家から認められれば、医者に頼んで自らの人生を終わりにすることができる。

 フランク・ファン・デン・ブリーケン(50)は、レイプと殺人の罪で終身刑を宣告され、服役しているが、暴力への衝動を克服できず、刑務所で一生過ごすことに耐えられないと言っていた。これまで30年服役していて、3年前から安楽死の希望を訴えていた。

 彼の訴えは精査され、まずは精神的な治療を受けることになったが、それも失敗に終わったので要求が認められることになった。

 2015年1月に安楽死が行われる予定だったが、医者たちが執行から手を引いたため、突然キャンセルされた。ブリーケンの安楽死の権利は、彼の犠牲者の遺族から強く非難されたのだ。

 1989年元旦、ニューイヤーズイブパーティからの帰り、ブリーケンにレイプされ絞殺された19歳のクリスティーネ・レマクルの姉は、ブリーケンを楽にさせるのではなく、刑務所の中で苦しませることを望んでいる。

6. 新婚早々不随になり、生まれてくる息子に会わずに生命維持装置を外した男性(アメリカ)

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 2013年、ハンティングの事故で肩から下が不随になってしまったインディアナ州の男性が、事故の二日後、生命維持装置をはずした。ディケーターに住むティモシー・バウワーズ(32)は、シカ狩りをしていたとき木から落ちて、脊髄をひどく損傷した。

 バウワーズは自分で動くこともできず、呼吸すら人工呼吸器に頼らなければならなくなってしまった。

 家族は、手術をして脊髄を接合する手術ができるが、そうすると一生歩けないし、病院の外に出ることはできなくなることを伝え、どうするかと訊いた。

 妹のジェニー・シュルツによると、バウワーズは激しく首を振って、絶対に嫌だと答えたという。医者が同じ質問をしても、答えは同じだった。そして、家族は人工呼吸器をはずし、その5時間後に彼は死んだ。

 バウワーズは3ヶ月前に結婚したばかりで、身重の妻アビー、義理の息子グレッグ・シャイヴリー、まだ生まれていない男の子が残された。かねてからバウワーズは車椅子生活だけはしたくないと妻に言っていたという。

7. 性転換手術に失敗して安楽死し男性(ベルギー)

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 2013年、ナンシー・フェアヘルツとして生まれたネイサン(44)は、薬物注射によって合法安楽死を遂げた。

 耐えがたい精神的苦痛が原因だという。ネイサンの安楽死を手掛けたガン専門医のウィム・ディステルマンズは、一年前に失明を恐れた生まれつき耳の聞こえない双子の安楽死も扱った医師だ。

 ミスター・フェアヘルツは、2009年にホルモン療法を受け、乳房切除の手術、そして2012年にはペニスをつける手術を行った。だが、手術結果は期待はずれのものだったようだ。

 患者の希望により医師によって行われる安楽死は、ヨーロッパで法的に認められてるのは2009年現在ではスイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグだけだった。

8. 顔にできた腫瘍を苦に違法な安楽死を遂げた女性(フランス)

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※画像クリックで腫瘍ができた後の顔が表示される(閲覧注意) 2000年、引退したフランス人教師のシャンタル・セビアは、鼻腔神経芽細胞腫と診断された。これはこの20年間で200例しか報告されていない珍しいガンだ。セビアは手術や薬の危険を恐れて、どんな治療も拒み、安楽死の権利を得るために戦った。

 2008年3月、フランスの裁判所は、52歳の元学校教師で、三人の子供の母親であるセビアの安楽死の願いを却下した。ミズ・セビアは、死の幇助の権利を求めていたのであって、死そのもの権利を求めたわけではない。

 数日後、ひどく無残な女性の遺体が彼女の自宅で見つかった。解剖の結果、自然死ではないことがわかり、血液検査をするとフランスの薬局では処方されていないペントバルビタール系剤の毒性濃度が検出された。この薬は、自殺幇助の目的のため、世界中の医者が使っているものだ。

References:oddee / written by konohazuku / edited by parumo

 ちなみに、日本においては、積極的安楽死は法的に認められておらず、もしこれを行った場合は刑法上殺人罪の対象となる。ただし、消極的安楽死は、刑法199条の殺人罪、刑法202条の殺人幇助罪・承諾殺人罪にはあたらないとされている。

https://karapaia.com/archives/52187571.html

VSED飲食を絶ち、自ら死期を早める患者たち

 

飲食を絶ち、自ら死期を早める患者たち

安楽死の代わりの方法なのか?

(この話に登場する人物にモデルはいますが、仮名を使うなどご本人とわからないように詳細は変えて書いています)

医師は誰しも過去に苦々しい経験をしています。もちろん私にも、どうしても忘れられない出来事があります。

それは、外科医のように上手くいかなかった手術や、内科医のように病気を見過ごしてしまった出来事ではありません。以前働いていたホスピスで、患者の死に加担してしまったのかもしれないという疑念を、今もずっと振り払えないでいるのです。

Nozomi Shiya / BuzzFeed

ホスピスでは毎日のように末期のがん患者が亡くなっていきます。医師である私は、患者が苦痛なく最期の日が迎えられるように、できる限りの治療をしてきました。

「緩和ケアは死を早めたり、引き延ばしたりしない」ように治療、ケアにあたるのが、ホスピスで働く上で大切なことでした。無理な延命治療で、患者の苦痛を長引かせてはなりません。また反対に、患者に請われたとしても、患者の死を早めるような治療してはなりません。

私も一人で患者と向き合えば、判断を誤ることもあるでしょう。しかし、私の働いていたホスピスでは、私の他にも医師(上司)がおり、多くの看護師も患者のケアに当たっていました。病室の中で、私と患者が決めたことであっても、必ず他の医師と看護師に周知し、治療とケアを絶えず見直していました。

しかし、もう10年も前に出会ったタカシさんの治療は、当時の私の知識や経験ではどうしたら良いのか分からない迷宮に入り込んでしまいました。

タカシさんは、肺がんのためホスピスに入院しました。既に子供さんも独立し70才を超えたタカシさんは、奥さんと2人で暮らしていました。穏やかな口調で話す方でしたが、自分の考えをきちんと持っている方でした。

ホスピスに入院してからも、きちんと座って話もでき、食事も自分で食べていらっしゃいました。奥さんが毎日病室に来て、自分の作ったおかずを差し入れていました。

幸いタカシさんの痛みは、薬で十分に抑えることができました。自分で、肺がんであること、既に治る見込みがないことをご存じでした。そして、今後病状は悪くなり、近い将来亡くなることも予感されていたのです。

それでも、ホスピスに入院してからは、

「家に居るときは、今後どうなっていくのか不安でたまりませんでした。ここに来てからは、いつも見守ってもらえているような気持ちになれてほっとしています」と話し、奥さんも、「私一人、どうやって家で看たら良いのか、ずっと不安でした。ここで機嫌良く過ごしているので安心しています」と話していました。

「死なせてほしい」と頼まれて

私は毎日タカシさんと部屋で話しました。以前の仕事のこと、家族のこと。タカシさんは、一人新聞を読んでいるときもありましたが、私が部屋に入ると人懐っこい笑顔を浮かべ、自分自身の感じてきたこと、考えていることを率直に話す方でした。

「先生、もう行く末がないことも分かっているんだよ。いっそ先生の力で楽にしてくれないかな、死なせてくれないかな」とある時いつも通りの穏やかな口調で言われました。

ホスピスで患者からこのように、「死なせてほしい」と頼まれることは、よくあることでした。医師である私を信頼すればこそ、出てくる患者の本音だといつも感じていました。

患者から「先生の手で死なせてほしい」と言われると、ホスピスで働く以前は大いに戸惑い、「そんなことは、この日本では違法だ」とか、「そんなことは、私にはできない」と患者の話を終わらせ、そして拒絶していました。

ホスピスで医師を続けるに従い、患者は自分を信頼してこそ本音を吐露するのだと理解し、患者の死に向かう恐怖や苦痛をただ受け止めるようにしてきました。「患者から死なせてほしい」と言われない医師は、患者から心から信頼されていないのではないかとさえ思っています。

タカシさんには、「そうですか、死にたいと考えるほど気持ちは追い込まれているのですか」と静かに返しました。その時は、タカシさんから医師として信頼されているという実感だけを得て話を終えました。

いつものように、患者は真剣に死を望んでいるわけではない、自分への信頼の証に本心を吐露してくれたと思っていたのです。

自らの意思で飲み食いをやめる

しかし、次の日のタカシさんとの会話で私は医師として自分がどうしたらよいのか、分からなくなってしまいました。経験したことのない衝撃でした。タカシさんはこう言ったのです。

「先生が死なせてくれないのなら、薬で眠り続けるように治療してほしい。飲み食いを止めて薬で眠っていれば、早く死ねると思うのです」

私は、返す言葉を失いました。多くの患者の臨終を見守ってきましたが、これほど当惑したことはありませんでした。

タカシさんはまだ自分で飲み食いができる状態でした。しかし、病状が進み1〜2ヶ月程度で亡くなるであろうと予想されました。今は飲み食いすることができても、もうしばらくでそれもできなくなることは、私もそしてタカシさんも分かっていました。

横でタカシさんの言うことを聞いていた奥さんも、さすがにびっくりし、「そんなことは、先生にも迷惑がかかるから止めて」と言いました。

タカシさんが本当に飲み食いを止めてしまえば、口の渇き、空腹感でとてもつらい思いをするでしょう。そして、そのつらさのためきっと飲み食いを再び始めるだろうと私には思えました。無謀な試みに、自ら懲りるはずと内心思っていました。

しかし、頑固なタカシさんは、本当に自分で飲み食いを止めてしまいました。私は、「こんなつらいことやめよう」と言いましたが、タカシさんは聞き入れません。

そして「先生、頼むから前に言ったようにもう薬で寝かしてくれないかな」と請われたのです。「この先、生きていてもつらいのだから、先生の力で楽にしてほしい」と真剣な面持ちで言うのです。

緩和ケアのひとつ、薬で眠らせること

自分の目の前で起こっていることが私には理解できなくなりました。無理矢理に飲み食いをさせることもできず、本人の意思に反して点滴を始めることもできませんでした。もし始めたとしても自分で点滴を抜いてしまうでしょう。私や看護師、奥さんの説得はタカシさんの心に届きませんでした。

また、タカシさんは本気で死のうとし、そして信頼する私に医師としての協力と助けを求めていました。「生を助ける」ことで、終末期のがん患者に向き合っていた私です。「死を助ける」ことを、これほど切実に求められたことはなかったのです。

私は、医師や看護師とも何度も話し合い、「死にたくなるほど、精神的につらい思いをしているのであれば、もうケアや治療は尽くした。本人が望むように、つらい思いを緩和するためにも薬で眠らせてあげよう」と決めたのです。

普段はうとうとし、呼びかけると返事ができる程度の状態になるよう、睡眠薬を微調節し1週間くらいでタカシさんは亡くなっていきました。

タカシさんは、一切の治療を拒否し、自分の力で自分の余命を短くし、死の時をコントロールできたのです。私は医師としてどうするべきだったのか、それからもずっと悩み続けました。

残念ながら、10年前の私は知識がなく、タカシさんがしたこと、私がしたことの意味を知ることができませんでした。実はタカシさんのように、自分で飲み食いを止めて死期を早める方法は、安楽死や医師による自殺幇助の代わりの方法として、以前から、外国では知られた方法でした。

英語ではVSED(voluntary stopping eating and drinking; 自発的な飲食の停止)と言われています。

VSED(自発的な飲食の停止)と世界の安楽死の実情

自分で飲み食いを止めるVSEDは、安楽死や医師による自殺幇助が合法ではない国や地域であっても、患者自身で死を早める方法として、知られています。

オランダのように安楽死が受けられる国に暮らしていても、安楽死が受けられる条件を満たしていない人は、どれだけ希望していても望みが叶うことはありません。

国によって異なりますが、安楽死できる条件は、「耐えがたい苦痛があること」「余命が6ヶ月未満と医師が判断していること」といった基準により厳しく管理されています。

また、日本のような安楽死が違法である国の人達が、安楽死が実行できる国へ行っても、すぐに安楽死が受けられるわけではありません。安楽死が拒絶されることも度々で、審査待機中に病状が悪化して亡くなってしまうこともあります(関連記事)

ある調査を紹介します。本人が望んでいたにも関わらず、医師(かかりつけ医)から条件を満たしていないと拒絶された人達のために、安楽死を請け負う特別なクリニックがオランダにはあります。そこを受診した25%の人たちが、実際に安楽死を遂げました。

しかし、46%はやはり安楽死の条件を満たしていないと判断され、19%は安楽死の基準を満たしているか審査している間に亡くなっていきました。

安楽死や、医師による自殺幇助は医師の助けを必要とします。安楽死が一番行われているオランダでも、例え患者が安楽死を望んでも、実際に遂げられるのは、その一部なのです。

そこで、VSEDという方法を患者自身が実行する方法が考え出されました。とても単純な方法です。自分で飲み食いを止めてしまえば、医師の助けや、安楽死の厳しい基準を満たさなくても、自らで死期を早めることができるのです。

アメリカのCompassion & Choicesという支援団体では、VSEDを実行する人達のガイドブックが存在し、オランダ(王立医師会)やアメリカ(看護協会)では、VSEDを実行する患者の治療やケアの方法が紹介されています。

飲み食いできる状態なのに、自分から飲み物も食事も絶つのですから、よほど意志が強くても相当な苦痛を味わうことになります。VSEDに伴う苦痛(だるさ、口の渇き、空腹感)に対しても、緩和ケアとして睡眠薬の投与を行い、患者の意志が果たされるように援助すべきという医師の主張もあります。

当時タカシさんが実行したのは、まさにVSEDであり、私はVSEDに伴う苦しみに対して、緩和ケアとして睡眠薬を投与したと気がついたのが数年前でした。タカシさんの治療とケアを通じて自分の中に生まれた、複雑な葛藤はやっと名前を与えられ、その行為の意味と仕組みを知ることとなりました。

日本で初の調査 VSEDを試みた患者はどのくらいいるのか?

そこで、2016年に緩和ケアや在宅医療の専門医に対し、私と同じようにVSEDを試みた患者の経験があるかどうか、調査をしました。

私は当初VSEDの患者を経験した医師はほとんど居ないだろうと予想していました。しかし、調査の結果、32%もの医師が実際にVSEDの患者を経験していることが分かりました。

この数字は、安楽死や医師による自殺幇助が認められている国とそれほど変わりません。患者一人一人がVSEDをやり遂げ自ら死期を早めたかどうかは分かりません。しかし、稀なことではないということが分かりました。

2017年、ついにカナダ全土でも、安楽死と医師または看護師(ナースプラクティショナー、診療行為ができる診療看護師)による自殺幇助が認められました。

世界中で「死にたい、死なせてほしい」人たちに対しての望みを叶えようという動きが拡がっています。

安楽死や自殺幇助、VSEDを封じ込めず、患者と向き合うこと

私は、かねてより緩和ケアが適切に行われれば、安楽死を望む人たちの苦痛は軽減できると主張しています。

しかし、現実では、安楽死が違法である日本の医療現場でも、私が経験したVSEDのように、安楽死に近いともいえる方法が実行できてしまうのです。

10年前の私は、タカシさんの耐えがたい苦痛を緩和したのでしょうか。それとも死期を早めるいわば緩やかな安楽死、自殺を手伝ったのでしょうか。今でもずっと考えています。

日本の医師は、特に終末期医療に関わる医師であっても、安楽死の問題は、特別な海外の話と思っているように感じます。しかし、昨今の週刊誌や報道では、当たり前のように安楽死という言葉を見聞きします。

海外では、患者の意思、意向が、患者自身の受ける治療を決める上で最優先であるという考えが主流です。日本の医療現場では、患者と家族、それぞれの意向を尊重し治療しています。

しかし、今後は海外のように、より患者の意向が優先される考え方に傾いていくと、私は予想しています。患者の意向を明らかにし、最も優先される、「自己決定、自己責任」の考え方の先には、患者自身が自分の生死を決めてもよいという考え方に達するのです。

日本もその道を毎年少しずつ進んでいます。日本に安楽死が上陸するのもそれほど遠い将来ではないと私は考えています。

日本の医療者が今おこなうべきことは、安楽死や医師による自殺幇助、さらにはVSEDのような話題を封じ込めてしまうのではなく、世界で起きている動きをもっと知ることだと思います。

そして、「将来、病の苦痛から、安楽死を含めて、確実に苦痛から解放されたい」と真剣に願う多くの人たちと真摯に向き合うことなのです。


【新城拓也(しんじょう・たくや)】 しんじょう医院院長

1971年、広島市生まれ。名古屋市育ち。1996年、名古屋市大医学部卒。社会保険神戸中央病院(現・JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟(ホスピス)で10年間勤務した後、2012年8月、緩和ケア専門の在宅診療クリニック「しんじょう医院」を開業。著書 『「がんと命の道しるべ」 余命宣告の向こう側 』(日本評論社)『超・開業力』(金原出版)など多数。


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