2021年8月24日火曜日

障がい者に訊く京都ALS事件(全4回) ~私がスイス安楽死を望む訳~

障がい者に訊く京都ALS事件① ~私がスイス安楽死を望む訳~


https://agora-web.jp/archives/2052730.html

Pornpak Khunatorn/iStock

2020年7月、京都市内の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, 以下ALS)患者が、SNSで知り合った2人医師の手を借りて「安楽死」を遂げていたことが大きなニュースとなった。なおALSとは全身の運動神経系が徐々に侵される病気で、歩く・話す・食べるといった行為が段々と困難になり、進行すると呼吸すら困難になる一方で、意識は末期でも保たれている神経難病である。患者は医師のうちの1人とSNSを通じて知り合って安楽死を依頼し、計130万円を振り込んだとされた。別の報道では「患者は主治医に『管による栄養を徐々に減らして死にたい』という希望するも断られた」ともある。

医師たちは逮捕され、大手メディアでは「ナチスのような優生思想」「津久井やまゆり園事件の再来」のようなバッシングや「不要な命など無い」「安楽死よりも障がい者が絶望しないような支援を」のような美しいがどこか空疎なコメントが並んだ。一方でインターネット上には、「安楽死を法的に認めて欲しい」「苦しみながら生かされるのは辛いと思う」のような擁護論もそれなりに存在するが、大手メディアではほとんど取り上げられてはいない。

私はSNSを通じて、ある難病を患う女性と出会った。くらんけ(@IrreKranke)というハンドルネームで主にTwitterで発信している。早ければ2021年8月末にはスイス渡航して安楽死を選択する予定だと言う。幸いにも直接お話を伺う機会を得たので、ここに記したい。

――どういう病気ですか?

くらんけ氏(以下:くらんけ):神経系の難病です、個人特定につながるので病名はちょっと…明確な治療法はなく、私の場合は進行しても回復は望めない病気です。高校は車椅子で通学していました。進学校の普通科で、エレベーターや車椅子用トイレを整備してもらったし、面と向かってイジメられたこともありません。卒業のあたりから病気が進行して…その後は病院と自宅生活だけで十年以上が経ちました。

――現在の生活は?

くらんけ:現在は一級障害者に認定されて、母親に生活全般の介護を受けています。かつての同級生とも疎遠になってしまって…特に友人はいません。親しく交流するのは家族と犬と猫ぐらい。ネットを通じて付き合いのある人はいるけど、善人ばかりではないので…殺害予告を受けて警察に届けたこともあります。

限定スイーツを喜ぶくらんけさん

――行きたいところとか、好きな本や漫画、ファッションは?

くらんけ:日光が苦手だから遠出できないし、文字は長時間読めないんです。出歩くこともないからファッションもテキトーだし。今の楽しみは、ネットで見つけたスイーツのお取り寄せ。今回のインタビューも気が進まなかったけど、手土産のスイーツ(某高級ホテル限定の焼き菓子セット:写真参照)につられて承諾してしまいました(笑)…でも、そろそろいいかな。

――「スイスで安楽死」を思いついたきっかけは?2019年にはNHKでもドキュメンタリーが放送されましたよね。

くらんけ:ネット検索で見つけました。NHKの番組と時期は重なるけど偶然です。そもそもの計画では2020年の春ごろにスイス渡航する予定だったのですが、コロナ禍にモロにぶつかってしまって出国困難となって…「死ぬ気ないでしょ」「いつ死ぬの」などとSNSでコメントされたこともあります。2021年夏、やっとコロナワクチンも完了したし、スイス側の入国制限も緩和されたので近いうちに実行できればと考えています。

――スイスでの安楽死には、どのような手続きが必要ですか?

くらんけ:私が加入したライフサークルという組織では、以下の3つの英文書類が必須です

  • パーソナルレター(安楽死を希望する理由、生育歴/病状/予後など)
  • 家族の略歴と環境についての報告書
  • メディカルレポート(パーソナルレターを裏付ける診療記録と、それを保証する医師 のサイン

――書類作成は大変でしたか?

くらんけ:この中で最も大変なのが、メディカルレポートでしょう。現在の日本の法律ではサインをした医師は「自殺ほう助」に問われる可能性があるからです。また、公になると社会的にも激しいバッシングに晒される可能性が高く将来を棒に振るリスクが大きいけれど、協力するメリットは無いに等しいからです。

私の場合、当初は長く通院していた大学病院の主治医にメディカルレポート作成を依頼しましたが、精神科医と神経内科医で意見が分かれたり、倫理委員会での審議にかけられた後に拒否されてしまいました。やはり大学病院や公立病院などの立場のある先生では難しいのでしょう。

その後、SNSで出会った医師に協力してもらい、メディカルレポートを作成し、ライフサークルより安楽死の許可を頂きました。その協力医が大久保愉一先生でした…京都ALS事件で逮捕された2人の医師のうちの一人です。

②につづく

ライフサークルにおける手続きの詳細については、くらんけ著「安楽死に至るまで」がkindle出版されています。

くらんけさん著作

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障がい者に訊く京都ALS事件② ~大久保先生に私は救われた~

筒井 冨美

Pornpak Khunatorn/iStock

2020年7月、京都市内の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, 以下ALS)患者が、SNSで知り合った2人医師の手を借りて「安楽死」を遂げていたことが大きなニュースとなった。ALSとは全身の運動神経系が徐々に侵される病気で、歩く・話す・食べるといった行為が段々と困難になり、進行すると呼吸すら困難になる一方で、意識は末期でも保たれている神経難病である。

私はSNSを通じて、ある難病を患う女性と出会った。くらんけ(@IrreKranke)というハンドルネームで主にTwitterで発信している。早ければ2021年8月末にはスイス渡航して安楽死を選択する予定だと言う。幸いにも直接お話を伺う機会を得たので、ここに記したい。

(前回:障がい者に訊く京都ALS事件①

――くらんけさんにとって大久保先生はどういう存在ですか?

くらんけ氏(以下:くらんけ):大久保愉一先生によって私の魂は救われました。先生には大変感謝しています。実は、この事件でいろんなメディアに取材されて、5時間以上インタビューされた時もありますけど、いくら強調してもこの意見はカットされてしまう。「私にとっては間違いなく名医です。本当の意味で患者に寄り添う素晴らしい先生」と言ったのに「多くを語らなかった」とか書かれたり…だから、ぜったい載せてくださいね!

――京都ALS事件についてどう思いますか?

くらんけ:京都ALS事件で安楽死された方も、同じ想いだった気がします。また、大久保先生は頭の良い方だから、確信犯的に事件を起こしたような気もします。今の社会では安楽死そのものがタブー視されて、公の場所で話題にするだけで「優性思想だ!」とかバッシングされてしまう。そういう現状を憂いていたんじゃないでしょうか。これまで魂を救えなかった患者に対する罪滅ぼし、自分がドロを被って社会に問題提起したかったということのような気もします。でもコロナ禍にかき消されたのか社会的議論にはなりませんでしたけど。

犯行は監視カメラにはバッチリ映っていますし、完全犯罪にしてはワキが甘すぎる。でも処置内容としては1人でできそうな難度なのに。単独で行えば、残りの一人が塀の外で活動を続けることも可能だし。でも、2人で行ったということは、安楽死とは医師としても側にいてくれる仲間が必要な重い行為だったんでしょうか。

――「150~200万円が相場」という記事もありますね。

くらんけ:130万円も高いとは思いません。医師にとっては人生が終わるリスクがありますから。私が安楽死を依頼したライフサークルは非営利団体ですけど、諸経費で100万円以上必要になりますから、相応の必要経費だと思います。

――大久保先生から連絡はありましたか?

くらんけ:はい、弁護士さんを通じてですが。

書類が当初は偽名だった件も謝って頂きました。大久保先生にも家庭や社会的立場があるから仕方なかったと思っています。書類は修正して、スイス側の許可も無事に下りましたので、私にとっては大きな問題ではありません。

偽名なことよりも、私の苦しみは医者含め他者には計り知れないということを認め、書類を作ってくれたこと自体に私は感謝していますから。

実は、弁護士さんから裁判に関するご相談もあって。大久保先生の裁判が有利に進むよう出来る限りの協力はしたいと思っていました。

しかし、「もう一人の医師の父の死にも関与していた」とか後からイロイロ余罪が出てきて拘留が長引いてきて、裁判もいつ始まるのか分からなくなってしまった。スイス渡航もコロナ次第では再び閉ざされる可能性もあるので、いつまでも待てない。だから、心残りだけど大久保先生の裁判は見届けずに渡航する予定です。

そういう意味でも、大久保先生への感謝の気持ちは何がしかの形で残しておきたかった。

――舩後靖彦参院議員(れいわ新選組、ALS患者でもある)も事件に関してコメント出していますよね、「ネットで安楽死容認論が出ているけど、強い懸念を抱いている」みたいな…どう思われますか?

くらんけ:はい、知っています。「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切」という話ですよね。私も「もっと重度の障がい者が生きているんだから、貴女レベルの軽めの障がい者が安楽死なんて考えちゃダメだ!」「貴女の病気ごときで安楽死なんて馬鹿げてる!」って、病名で線引されたり、障害の程度だけみて説教されることもありますけど…「余計なお世話だ、放っておいてくれ」と言いたい。

――「安楽死を容認すると障がい者が生きづらくなる」「障がい者に安楽死を強要するムードが生まれる」「安易な自殺が増える」という意見も根強いのですが。

くらんけ:私は舩後さんのように「あらゆる医療機器を使って長生きしたい障がい者」を非難していませんし、そういう選択は尊重されるべきだとも思います。それと同時に「病気が程々の時点で安らかに逝きたい」という選択も尊重して欲しいのです。いわゆる「有識者」は「同調圧力で人が死ぬからダメ」と言いますけど、ライフサークルには何重もの審査があります。「スイスに行けばすぐに安楽死できる」訳ではないのです。もっと現状を勉強した上で発言して欲しいです。人生の選択肢を増やしてほしいのです。

インタビューに応じるくらんけさん

――安楽死というと一部の難病患者における特殊な話と思われがちですが、「寝たきり老人」を含めれば、実はだれでも直面する可能性のある話ですよね。「寝たきりで会話もなく食事も排泄も他人任せ」の状態で何年も施設で暮らす高齢者は、今の日本では珍しい存在ではない。「そういう状態で長生きしたいか?」と問われると…「そうなる前に書類を準備しておいて早めに逝きたい」と、私自身も思います。

くらんけ:はい、そう思います。人間が老いると、程度の差こそあれ障がい者になるし、少子高齢化の日本では真剣に考えるべき社会問題だと思います。でも、安楽死どころか2019年にアドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生の最終段階にどんな治療やケアを受けたいか本人による意思決定を支援)のポスターを病院に張っただけで、「不安をあおる」などのクレームが出て撤回せざるを得ないのが現状です。コロナ渦中の2021年も、大阪府職員が「病床の有効利用のために、高齢者は入院の優先順位を下げざるを得ない」とメールしたことが発覚して謝罪と撤回に追い込まれて…「イヤだから」「叩かれたくないから」と議論を封印するばかりで、問題そのものに真剣に取り組もうとはしない。

安楽死非合法のまま高齢化社会が進行すると、「介護心中」「家族内殺人」が増えてしまうのでは…と心配です。2020年にも介護に疲れた孫娘が祖母を殺した報道がありましたよね。大久保先生も、そういう「寝たきり老人」のシビアな現実を診てきたからこそ、メディカルレポート作成に協力してくれたんじゃないかと思っています。

(③につづく)

大久保愉一氏はKindleで「お看取りマンガ~「延命処置どうしますか?」と医者に聞かれる前に読む本」を出版している。

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障がい者に訊く京都ALS事件③ ~パラリンピック番組は視てません~


筒井 冨美

 2021.08.24 07:00

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Irina Gutyryak/iStock


2020年7月、京都市内の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, 以下ALS)患者が、SNSで知り合った2人医師の手を借りて「安楽死」を遂げていたことが大きなニュースとなった。ALSとは全身の運動神経系が徐々に侵される病気で、歩く・話す・食べるといった行為が段々と困難になり、進行すると呼吸すら困難になる一方で、意識は末期でも保たれている神経難病である。


私はSNSを通じて、ある難病を患う女性と出会った。くらんけ(@IrreKranke)というハンドルネームで主にTwitterで発信している。早ければ2021年8月末にはスイス渡航して安楽死を選択する予定だと言う。幸いにも直接お話を伺う機会を得たので、ここに記したい。


(前回:障がい者に訊く京都ALS事件②)



――最近、パラリンピック関連番組が多いけど視てますか?


くらんけ氏(以下:くらんけ):視てません、あまり面白くないし(笑)。「障がいを乗り越えて栄光を掴みました…」みたいなストーリーが多くて…パラアスリートは立派だと思いますけど、感動を強要するような番組はちょっとね。全ての障がい者がパラスポーツに興味ある訳ではないので。


――パラリンピックの学校観戦が話題ですが?


くらんけ:情操教育として強要するのは良くないと思う。観たい人が見るのはいいけど。授業で強制的に見せて、感動的な作文を強要するのは、大人たちを満足させるだけでしかない。求められているであろう文を書かせて何になるのか。マイナスイメージや思ったことを素直に書けば確実に説教されるわけで、むしろ反感や悪意のあるイタズラ心を持たせてしまいそう。駅で後ろから障がい者をドンと突き飛ばすような子供を作ってしまいそうで。



――駅と言えば、最近は社会運動家みたいな障がい者が目立つけど、どう思いますか?2021年4月に「来宮駅(無人駅)で車椅子対応」を要求した車椅子ユーザーとか。


くらんけ:「大人げないなあ」と思います。乙武さんの銀座レストラン事件(2013年に、車椅子ユーザーの乙武洋匡氏が銀座のエレベーター無レストランで「自分を抱えて2階まで運んでくれ」と依頼したのを断られて、レストランの実名入りでSNSで非難した事件)なんかもそう思います。世の中の構造って、どうしても多数派に便利なように作られているし、障がい者は少数派なので。「『わきまえない』ことが立派」みたいなこと言う人いるけど「わきまえろよ!」と言いたい。


来宮駅の人も、最終的には駅員さんに車椅子を運ばせているんだし、「怒る」のは違うと思う。車椅子ユーザーは普段からいろんな人に気使ってもらえることも多いわけで、それに胡座をかいて批判されたら「弱者を叩くのか!」と騒ぐのは違うでしょう。少なくとも「事前に電話」ぐらいは仕方ないことですよね。


たぶん、このぐらいが多数派の車椅子ユーザーの感覚だと思います。SNSでは過激な少数派の方が目立つけど。



インタビューに応じるくらんけさん


――2019年、れいわ新選組から参議に当選した車椅子ユーザーの舩後靖彦氏と木村英子氏は、どう思いますか?


くらんけ:木村さんが大西つねき氏騒動(れいわ新選組の大西つねき氏が動画投稿サイトで「高齢者をちょっとでも長生きさせるために子供たち・若者たちの時間を使うのかっていうことは、真剣に議論する必要があると思います」「命、選別しないとダメ」などの発言に対して「命の選別を許すな!」と炎上した事件)の「当事者の意見を聞く会」で泣いちゃったのはねぇ…。「命の選別が始まったら、私たち障がい者は真っ先に排除される、こわいわぁ~(涙)」みたいなアピールをしていた。あれは飛躍しすぎですよね。「障がい者」「女性」という二重の弱者アピールで戦略的に泣いたのかもしれない。その効果なのか、大西つねき氏は政党を除籍されてしまいましたね。


木村氏や船後氏や乙武氏は身体的には弱者かもしれないけど、経済的には勝ち組ですよね。社会的にも弱者ポジションではないと思います。


――参院議員なら年収約3000万×6年間が保障されていますからね


くらんけ:えぇ~すごい、私、れいわ新選組から出馬しようかしら(笑)。でも私、都合よくタイムリーに泣けないからダメだわ。「障がい者は、もっと社会的常識を持ちましょう」みたいな主張だと選挙ウケしないでしょうし。そういえば大久保先生も以前、「宮城県知事に出馬してみようかな」みたいなことを言ってました。「一緒に出馬しませんか」って言われたこともあった(笑)。どこまで本気だったのか分からないけど、「世の中を変えたい」という想いがあったと思います。


――障がい者が政治家になることをどう思いますか?


くらんけ:まあ、いいんじゃないですか、当事者じゃないと分からないこともあるし。でも人選が大切ですよね、バランス感覚とか。発言力があるから、障がい者議員個人の発言が「障がい者全体の総意」と解釈されると困りますね。


ALSの船後議員は「安楽死は絶対反対」だけど、私みたいにそうじゃない人も居るんだし。「安楽死反対論者」は護りつつ、「安楽死したい人の制度も整えてゆく」みたいなのが理想だと思います。最近は多様性とかジェンダーレスとか尊ばれるけど、安楽死も選択肢として増えてゆくのが理想だと思います。もっとシンプルに「生きたい人は全力で生を謳歌し、死にたい人は潔く去る」でよいのでは。みんな違うんだから。


(④に続く)



障がい者に訊く京都ALS事件④終 ~迷いはあります、人間だもの~

Irina Gutyryak/iStock

2020年7月、京都市内の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, 以下ALS)患者が、SNSで知り合った2人医師の手を借りて「安楽死」を遂げていたことが大きなニュースとなった。ALSとは全身の運動神経系が徐々に侵される病気で、歩く・話す・食べるといった行為が段々と困難になり、進行すると呼吸すら困難になる一方で、意識は末期でも保たれている神経難病である。

私はSNSを通じて、ある難病を患う女性と出会った。くらんけ(@IrreKranke)というハンドルネームで主にTwitterで発信している。早ければ2021年8月末にはスイス渡航して安楽死を選択する予定だと言う。幸いにも直接お話を伺う機会を得たので、ここに記したい。

(前回:障がい者に訊く京都ALS事件③

――具体的な安楽死の方法は?

くらんけ氏(以下:くらんけ):ライフサークルの場合、医療者は安楽死薬を詰めた点滴を準備してくれますが、ストッパーを外す行為そのものは患者自身で行う…と聞いています。長年にわたって準備してゆるぎない覚悟があっても、いざとなると怖気づいてストッパーが外せないかもしれませんね。

――「安楽死の許可をもらっても実行しない」ケースもよくあるのですか?

くらんけ:安楽死ほう助の予約をしたからといって、キャンセルはいつでも可能です。渡航して安楽死薬を摂取する瞬間まで患者は拒否することが可能です。

スイスの別の安楽死団体であるディグニタスによると、「厳格な審査に合格した患者のうち7割が権利を実行しなかった」という調査結果を発表しています。出口が確保できている安心感や、病苦に束縛されない圧倒的な解放感に包まれたためでしょう。「『いつでも死ねる』は最強の健康法」…と、かねてより私は主張しています(笑)。

――ディグニタスとは日本人だと、美容外科医の高須克弥氏が会員になっている団体ですね。

くらんけ:ですね。会員になるだけなら年会費払うだけなので、安楽死の権利の獲得とは全く別ということ高須先生にはきちんと周知してほしいです。

――現実の病院でも、ALSの患者さんで「病気が進行しても人工呼吸器を希望しない」と文章で表明していた方でも、いざ呼吸が苦しくなると「やっぱり付けます」と撤回するケースは稀ではありません。2019年には、東京都福生市の病院で40代患者が、あらかじめ「透析治療を希望しない」同意書に署名したけど、病状か進行すると「やはり透析してほしい」と看護師に伝えたものの治療は行われず亡くなったケースがありますね。大きな公立病院だと職員数が多く、コミュニケーションも万全とは言い難いので、このような患者の迷いには対応しきれなかったのかもしれません。

くらんけ:人間だから、迷いや葛藤があるのが当然でしょう。私の両親は、娘の決定を尊重してくれるものの心から賛成している訳ではありません。今日もインタビューの場所までは連れてきてくれたけど、インタビューは見たくないらしく買い物に行ってしまった。メディア取材の時はいつもそうなんです。

スイス渡航は父親が同伴してくれる予定だけど、葛藤しているのも伝わってきます。出発の日が近づくにつれて母も精神的にダメージを受けているようだし、渡航前に発作的にパスポートを焼き払われてしまったら…私は渡航できなくなります。

あと、世界的にコロナウィルスのデルタ株も大流行しています。この調子では、いつ渡航に制限がかかっても不思議ではありませんし。

――他にもメディアの取材申し込みもありますか?

くらんけ:はい。テレビで「渡航から安楽死まで密着取材」のお話とかムッチャきてます。家庭内も病院での通院の間もずーっとカメラを廻す…みたいな、お断りしましたけど。父も「ウチは見せ物じゃないんだ!」って怒っていたし。「講演会しないんですか?」とも聞かれるけど、講演会って「障がい者だけど病気に負けず前向きに過酷な治療もしながら一生懸命生きています!」みたいな話が期待されるじゃないですか、私そんなキャラじゃない(笑)。

――SNSでの発信が向いていたのかもしれませんね

くらんけ:でもTwitterのフォロワーには変な人もいて、いろいろ誹謗中傷されたり…「楽に死ねる」ってそんなに妬ましいことなのかしら。生活保護の逆で、使う税金の額は確実に減るわけだけど、既得権益の問題などで患者に死なれたら困る人たちがいますからね。むやみやたらな「延命労働」なんてその最たるものじゃないですか?

くらんけさんのスマホ

――世の中、「違うことをする人を叩かずにはいられない人」っていますからね。

くらんけ:そうそう、アンチのいない人は居ない。そういう人はスイス渡航が延期になると、それはそれで文句言ってきそう。「まだ死なないの」みたいに。2020年にコロナ禍で渡航延期になった時も「死ぬところがみたくてフォローしていたのに」とコメントもらったことあります。

――逆に「死なないで!」と引き留めてくる人は?

くらんけ:いないですね。普通の人は「おめでとう」「もっとお話ししたかった」「悲しいけどお祝いすべきなんでしょうね」みたいな反応です。

――インタビューをありがとうございました。無事の渡航を祈ってます。だめだったら、またSNSで発信してください。

くらんけ:はい。

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