年間約4000~5000人がなる「脊髄損傷」…患者は「寝たきりのまま病院を転々せざるを得ない」日本医療の実情
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「“脊髄を損傷したら、寝たきりの人生を送ることになる”という医師の宣告を鵜吞みにするのは大きな間違いである」。脊髄損傷の患者のリハビリに30年以上携わってきた柴田元医師は、自らの経験に基づき、脊髄損傷を受けても在宅生活に移行できる可能性は十分にあり、社会復帰を果たす希望もあると強調します。それではなぜ、専門的なリハビリを受けることなく病院を転々としたり、施設で寝たきりの余生を送る患者が多いのでしょうか? 日本医療の意外な実情を見ていきましょう。
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「寝たきりで病院を転々せざるを得ない患者」は多い
■ずっと同じ病院にいられたら安心なのに…病院の機能分化による「弊害」 脊髄損傷、なかでも寝たきりを余儀なくされる頚髄損傷の患者が病院を転々とさせられる例はたくさんあります。一つの病院で診てもらえれば、医師も看護師も顔なじみで安心なのに、それが叶いません。そこには個々の病院の対応に問題があるというよりも、医療制度が病院にそのような対応をさせてしまっているという問題があります。病院も経営していかなければならないので、収益をできるだけ効率的に確保するために一部の患者への対応が厳しくなってしまうという側面がどうしても生まれます。これが病院の機能分化が進んだことによる弊害です。 日本の医療は、すべて医療法に定められたルールに従って行われています。病院が病院と名乗るには施設基準があり、医師や看護師などが患者に直接行う医療行為には、診療報酬が細かく定められています。 診療報酬制度は、かつては提供された診療行為そのものに報酬が支払われる出来高払い方式でした。つまり、一つひとつの診療行為に報酬が設定され、それを行うごとに診療報酬の総額が積み上がっていくという仕組みです。 しかし、このやり方は過剰診療につながるとの指摘があり、現在は一部を除き2003年に導入された1日あたりの定額払い(包括払い)方式に変わっています。診療報酬が出来高制だと、診療後に検査をして投薬して手術をし、また念のために検査をするというようにしている間に、どんどん診療報酬がかさんでしまいます。実際、それを目的とした無駄な検査や、念のために行う投薬なども多数見受けられたのだと思います。 これらは医療費をダイレクトに圧迫します。そこで診療報酬は、疾患ごとに包括的に設定されることになったのです。包括的とは「ひとくくりにして」という意味です。その結果「この疾患の治療に対する診療報酬はいくら」と、ひとくくりの金額で設定され、「この範囲内で医療を提供するように」という方針に変わっていきました。おまけに患者の病状にかかわらず、入院期間が一定日数を超えると、診療報酬が下がっていくシステムになっています。 リハビリテーション医療に関しても、考え方は似たようなものです。しかし、その制度や診療報酬体系は、実はそれほど簡単ではありません。急性期、亜急性期(地域包括ケア・回復期)、維持期と病期によって診療報酬の区分は異なります。さらに脳卒中や大腿頚部骨折、椎体圧迫骨折などの疾患別・障害別、その重症度や看護の手間のかかり具合、回復の度合い、在宅復帰率ほか、細かな規定が定められています。 そのため病院は一人の患者を長期で入院させるよりも、医師の得意(専門)分野だけを治療して退院させたほうが定額払い方式では利益を上げやすい、ということになります。 従って、合併症、併存症が多く、また回復があまり期待できない脊髄損傷の患者を一つの病院で長期的に受け入れるケースはほとんどないのです。
「病院の機能分化」の実情
■病床の水平統合が進む都市部、垂直統合が進む地方 日本は人口に対して病床数が過剰といわれています。例えば2018年のデータによると、日本では人口1000人あたりの病床数は13床です(日本医師会「病床数の国際比較」)。ドイツはこの値が8.0床、アメリカは2.9床などとなっていますから、先進各国に比べるとかなり多く見えます。つまりそれだけ効率が悪く、コストがかかる医療行為を日本はしているのではないか、と考える人も多いと思います。しかし、だからといって日本全体、医療全体で過剰病床といわれればそうではありません。ここにはかなりの地域格差が見られます。 ■都市部の実情:病床不足の中、急性期医療の提供体制を保つには… 大都市圏では人口10万人あたりのベッド数が実はかなり不足しています。しかも都市部は地代も人件費も高いため、診療報酬の単価の高い急性期医療でなければ、経営が成り立ちづらい事情があるのです。そこで急性期型に施設を特化しておきながら、急性期医療の必要がなくなった亜急性期、慢性期の患者にベッドを割り当てることは収益性を落とすことになります。 急性期医療を提供する体制を維持し続けるにはコストがかかります。一方、緊急度や難度の高くない診療だけで構わない亜急性期や慢性期の患者をケアすることで得られる報酬は、急性期の患者からの報酬よりも低く設定されているのです。 当然、急性期病院は「できるだけ急性期医療が必要な患者を集めて、回転させていきたい」と考えます。急性期を過ぎたら、できるだけ早期に別の医療機関に転院を勧めるというインセンティブが働くのです。 その結果、急性期病院とその他の医療機関、施設との間には横の連携が形成されることになります。 ■地方の実情:積極的な患者受入れで病床数・収益力ともに維持したい 一方、多くの地方都市では地代も人件費もそれほどかけずに病院経営をすることが可能です。ただし、全国的な少子高齢化や東京などへの人口流出が進むなか、ベッド数は過剰供給の状態になってきました。そこで、政府による2016年以降の医療再編に基づき、地方では急性期病床においても削減計画が出されている地域が多くなっています。 ただ病院経営者の立場で考えると、一人でも多くの患者を受け入れる体制を保ち続けることは経営上非常に重要なことです。 そこで病院経営者は「ベッド数を削減されるくらいなら、急性期病床を亜急性期病床に転換させて、ベッド数を維持したほうがマシ」と考えます。また、急性期から亜急性期、そして維持期までのベッドを丸抱えすることで収益力を維持しようというインセンティブも働きます。 要は、急性期を脱した患者を自身の病院の亜急性期病床、維持期病床などに移すことで、その患者から引き続き診療報酬を得ようという考え方です。これを病院機能や地域医療の垂直統合といいます。 その結果、地方には大小の「保険・医療・福祉複合体」とでも呼べるような存在が複数誕生することになりました。患者はそれぞれ複合体のどれかに取り込まれ、そのなかで多くのサービスを受ける状態になるのです。 とはいえ、垂直統合にも利点はあります。急性期から維持期まで、患者の状態の推移に合わせて一つの組織がすべてのサービスを提供するため、患者からすれば任せておけば安心という点です。急性期を診てくれた医師にもアクセスしやすいので、患者や家族にとっては、頼もしいといえます。 ただ、どの急性期病院に運び込まれるかによって、医療機関によっては、その後の転院先まで決められてしまう恐れがあることが欠点です。運び込まれた病院や転院先が自分に合わない病院だった場合、他院へ移ることもままならない場合もあるかもしれません。
脊髄損傷患者の「入院期限」
■病院は収益を見て患者を転院させている!? 都市部と地方では、このようなかたちで病院の機能が分化していきました。ただ、ここにも大きな問題が生じます。 2022年度の政府方針では、急性期から維持期までの医療・介護サービス提供は地域連携パスと診療報酬体系の中で、効率的に行われなければならないとしています。そのために厚生労働省は制度を通してシステムを整備しているのです。 患者にはまず、高度急性期・急性期病院で集中的治療を施します。ここでは入院期間が短いほど診療報酬から得られる利益が高くなっています。診療報酬が同じ(包括払い)=同じ収益額なら、なるべくコストを抑えたほうが利益が大きくなります。医療資源が最も投下される高コストな現場であり、効率化が強く求められている病床といえます。 そこで(高度)急性期病院では、できるだけ早く次の段階の亜急性期施設に患者を転院(転棟)させます。(高度)急性期病院ののちに転院した病床で過ごせる期間は地域包括ケア病床なら60日まで、回復期病床なら、疾患により60~150日(高次脳機能障害があれば180日)となっています。 この期間中に在宅復帰がかなえばよいのですが、退院が難しい場合は病気や障害によって、医療保険下での長期療養か介護保険下での長期療養施設が選択されていきます。患者のなかには一度に複数の病気と障害を抱えている人もいるので、期間内に改善していくとは限りません。 そうすると病院側にとって治療のゴール地点は、「疾患から回復した」という患者の状態にフォーカスしたものではなくなります。診療報酬制度で定められた期限内は面倒を見るが、その期限は効率的に収益が得られるまでというスタンスになるのです。 このような背景により病院の病床には、経営の観点から、患者を回転させなければならないというプレッシャーが常に働いています。そのせいで、病院にとっては救命後の回復の見込みが薄いように見える脊髄損傷患者は、なんの進展もないまま病院を転々とさせられてしまう可能性が高いのです。
「リハビリ環境の整った病院」に転院できないのか?
■「寝たきりのまま転院」の背景にある、医療従事者の“思い込み” ならば急性期病院が患者に転院を促す際、ふさわしいリハビリテーション環境の整った病院を紹介できればよいのではないかと考える方もいると思います。回復期リハビリテーション病棟として、脊髄損傷のリハビリテーションの経験が豊富で患者を自宅復帰させた実績も多い施設が紹介できれば、患者は寝たきりのままで病院を転々としなくてもよいはずです。 しかし、それを難しくしているのは医療従事者に浸透している「脊髄損傷といえば寝たきり」という思い込みです。 日本の救急車による救急出動件数は、2019年は663万9767件を数えました。 このうち転院搬送の55万2175件を除けば、608万7592件となります(総務省発表資料「令和2年版 救急・救助の現況」より)。一方、厚生労働省の資料「急性期脊髄損傷の治療を目的とした医薬品等の臨床評価に関するガイドライン」によれば、脊髄損傷を罹患する人の数は、年間約4000~5000人とされています。つまり、救急車で運ばれる患者だけに限ったと仮定しても、脊髄損傷の患者がそこに含まれている確率は0.08%程度ということになります。1万人に8人程度の割合ということですから、救急医にとってもまれに見る重症といえます。 このような疾患については、リハビリテーションに関する十分なガイドラインがありません。例えば糖尿病の患者であれば、症状に合わせて推奨される薬や治療法が存在し、医師ならばその情報を参照しながら確率の高い医療ケアを患者に提供することができます。 しかし、脊髄損傷の場合そこまで十分に情報環境が整備されているわけではありません。 急性期病院ではとにかく救命のために損傷した脊髄を固定したり手術をしたりして命をつなぐ最大限の努力をしますが、できることはそこまでです。急性期を脱したあとはどんなケアをするべきか、リハビリテーションはどのように行うべきなのか、それが得意な病院はどこか、次に患者をどの病院に送るべきかなど、こうした情報は急性期病院の医師には、実はあまり知られていないと思います。 そこで、医師は「脊髄の中枢神経がやられたら回復しない」という医学的常識を根拠に、特に重症の頚髄損傷なら患者の未来は寝たきりしかないとみなしてしまうことが少なくありません。そういった医師は脊髄損傷でも「一生車椅子」と判断して、自身の見解を本人や家族に説明することが多いと、私は思います。医師の見解ですから、転院先の施設との渡りをつける医療連携室という部門やそこに勤めるソーシャルワーカーも、当然そのつもりで動くはずです。 転院先の回復期リハビリテーション病棟でも、事情は似たようなものです。リハビリテーションのためのスタッフがそろっているように思えますが、脊髄損傷の患者を経験した人材が少ないと、適切な管理と訓練計画を組んでもらうこと自体が難しいのです。そもそも病院もスタッフも、頚髄損傷といっただけで、重症度にかかわらず、その人は一生寝たきりと思い込んでしまう場合が多いのです。頚髄損傷であっても機能回復が見込める人がいるにもかかわらず、社会(自宅)復帰させようという選択肢をもともと持っていないのです。 ゴールを自宅復帰や残存能力の向上と設定すれば、リハビリテーションのやり方も変わりますが、「回復の見込みはない」という思い込みから入っていますので、どうしてもリハビリテーションは通り一遍になりがちだと、私は感じています。そして、「赤字になるまえに次の病院へ」という対応になってしまうのです。 柴田 元 医療法人かぶとやま会 理事長 久留米リハビリテーション病院 院長
https://news.yahoo.co.jp/articles/aee78cf7862e0655777147a534debc0cf369d499
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