2020年12月12日土曜日

突然破棄されたクラウドファンディングの内容全文

はじめに・ご挨拶


まず、このような企画を承認して下さったグッドモーニングスタッフの皆さんと、このページに来てくださった皆さんに感謝を申し上げます。

私は、これまで匿名で安楽死制度の法制化を目指す活動を行ってきました。
この分野には、目を背けたくなるような悲惨な状況や、残酷な現実が数多く存在します。
誰もが、事故等により、明日どのような姿になるかわかりません。
何故、このような重要な問題に対して、皆さんが真剣に向き合い、活動を起こすことが出来ないのでしょうか?
その答え。長くこの問題と向き合い活動を行ってきた私の方が、皆さんよりもよくわかるような気がしています。
活動の難しさ、法制化の難しさを伝えるための映画、もしくは映像作品を、プロの方の力を借りて作成したいと考えています。



プロジェクトまでの経緯


私が死の権利の法制化を目指すブログを作成したのが17年6月、その二年後に安楽死制度を考える会が選挙に出馬し話題になりました。

選挙をきっかけに活動を再開し、ネットを通して多くの方と出会う中でALS女性にツイートをしました。しかし、質問への返答はなく、今年7月に事件が公になりました。

ALS女性嘱託殺人事件。このニュースは大きな話題となりました。女性がどのような状況で殺人の依頼を行ったのか、その残酷な実態が明るみになったからです。

日本の医療の残酷な実態にスポットがあたる。その流れに抵抗するように、犯人を悪い医師とするニュースが連日報道され、「優生思想」という言葉がトレンド入りしました。

このニュースは、手足を動かすことが出来ず、視線入力装置を使ってしか意思表示出来なくなっていた女性が、その視線すら弱くなっていく中で殺人を依頼した事件であり、事件がなければ、多くのALS患者の恐れるTLS(完全閉じ込め状態)になっていた可能性が高い。これは、介護の不注意で激痛に襲われたとしても何も言えない、誰にも気付いてもらえない、意識が鮮明なのに、意思表示が出来ない状態のことです。このような状態で何年も生き続ける可能性がある。活発だった女性の身に起きた、誰にでも起こりうる悲劇。この残酷な実態こそが事件が注目を集めたきっかけであり、優生思想とは無縁の事件であるはずなのです。

安楽死制度を連想させる事件が起こる度に、過剰に偏った報道をするマスコミが現れ、ネット上が炎上、そして、障害者団体らが安楽死制度反対の声明を発表します。一時的に安楽死の話題で盛り上がり、ほとぼりが冷めた後に、安楽死に対するネガティブキャンペーンが始まります。このような流れは、過去何度も繰り返されてきました。

繰り返される反対運動と、ようやく表面化した当事者の声。当事者の声は守られるのか。

私は、今回この流れに大きな変化が生まれたと感じています。それは、圧倒的に障害当事者の声が増えたことです。安楽死制度に否定的な報道をするマスコミ、それに異を唱える障害当事者とその介護者。

この変化は、障害者数の増加では説明できないと思います。私は、おそらく視線入力装置の普及が大きいのではないかと考えています。

医療に依存せざる負えない。日々、医療スタッフに感謝しながら生きていかなければ良好な関係を築くことが出来ない。そんな環境で生きている方々が、生きたくないと意思表示することにどのような意味があるのか想像できるでしょうか。

生活の全てを医療に依存する彼らに、今後も自由な表現の場は確保されるのでしょうか。
私は、今、何かを始めなければならないと思いました。



このプロジェクトの背景


アンケートを取れば7割以上の国民が賛成と言われる安楽死制度、その必要性は当然だと思います。では、賛成できない方はどのような方でしょうか。

私は昭和56年生まれの39歳です。バブルの影響からか、小学生の頃には同級生の父親が相次いて自殺で亡くなりました。その後も日本経済は停滞が続き生きづらい社会になりました。安楽死制度に賛成できない方は、死を選択する人が増えると思っているのではないでしょうか。

私は自殺者が減らないのは、安楽死制度がないからだと思っています。自殺者のボリュームゾーンは男性の中高年です。私は同じ男として自殺を選択する男性に共感します。自殺には、ある程度の若さや勢いも必要だと思います。本当に不幸なのは、自殺する力もなくなった時です。安楽死制度に反対される方は、自殺する力も失った方を見て可愛いと感じる方ではないでしょうか。その感情は優しさの反面、見えない弱者を追い詰めることにもなると思います。

自殺は絶対にダメ。しかし、今の制度のままでは私も自殺を選びたくなる。反対派は無自覚な悪魔。

よく考えてみて下さい。身近な人が、安楽死の話をすることは怖いことでしょうか。
自殺は、ある日突然、人目のない所で亡くなります。本来、自殺は絶対にあってはならないものだと思います。安楽死には必ず手続きが必要です。見送ることも出来るかもしれません。引き止めることも出来るかもしれません。私は安楽死制度で、若い命、多くの命を救うことが出来ると考えています。

今年はコロナ禍で芸能人の自殺も相次ぎました。自殺の報道が出るたびに電話SNSでの相談先が案内されました。そこで、コロナ前の「令和元年版自殺対策白書(厚生労働省)」から記事を紹介させていただきます。

SNSの相談件数の割合です。一番上が年齢階級別の表で、下2つが男女比のグラフです。
圧倒的に女性の方が多いですが、感覚的に納得できる気がします。

芸能人の自殺報道が繰り返された後、若い女性の自殺者の増加が大きく報じられました。そのニュースの中で男性の自殺者の数に驚かれた方も多いと思います。もともと自殺者は男性の方が女性の倍以上多いのです。その女性の自殺者が1.5倍に増えても男性の自殺者の数に及ばないと感じた方もいると思います。ところが国際比較した場合に、その印象は大きく変わります。



国際比較した場合の男女比は3倍強、中には5,6倍になる国もあります。この表は7ヶ国に限られていますが、男女比が3倍に満たない国は、私が探した限りでは日本、韓国、ベルギーのみです。

安楽死制度の活動の一環として、事前にこのような記事に目を通していた私は、電話SNS相談の案内の効果に疑問でした。男性への効果が期待できないからです。ところが実際はターゲットとなるはずの若い女性の自殺者が増加したのです。我が国の若い女性の自殺率、生きづらさは深刻であり、これは国際的に見て恥ずべきことです。

私のように目的のために死を選ぶことにためらいのない男とは大きく異なり、女性は本来、自殺を選びにくい性質があるはずです。その女性の生きづらさについて紹介したいデータ、活動を通して感じたエピソードも多数ありますが、ここでは省略します。

今、行われている自殺対策は疑問。日本は、もっとこの問題と真剣に向き合うべき。

自殺は身近な問題です。30歳以上の人であれば、一度は身近な人を自殺でなくした経験があるのではないでしょうか。次に、もっと身近な終末期医療の話をしたいと思います。

40歳、50歳以上の方であれば、私よりももっと残酷な延命治療の現場を見てきた人も多いのではないでしょうか。病が進むにつれて抗癌剤治療が必要になる。毛が抜ける。トイレに行けなくなる。歩けなくなる。ペースメーカーが必要になる。人工呼吸器が必要になる。話が長くなりそうです。度重なる手術。「もうやめてくれ。」泣き叫ぶ家族。とにかく治療を止めることが出来ないのです。助かる可能性がある限り治療を止めることが出来ないのです。幼かった私の耳にトラウマのように残っています。地獄はこの世にもあると思いました。死ぬことの出来ない苦しみ続ける地獄が、この世にも存在することを知りました。何も悪いことをしていないのに。

ニュースでは、人工呼吸器を停めた医師が罪に問われていました。障害者団体の反対活動がありました。インターネットはありませんでしたが、多くの大人が疑問の声をあげていました。昔も今も変わらないです。

苦しみながら亡くなる親族の姿に、幼い頃から疑問。

しかし、医療のあり方は大きく変わりました。昔よりも患者が治療を選択できるようになりました。一度付けた人工呼吸器を止めることは出来なくても、人工呼吸器を付けない選択は出来るようになりました。多くの大人達が、疑問の声をあげ続けた結果だと思います。

話はALSの話題になりますが、その結果、人工呼吸器を付けるALS患者は約3割と言われています。付けない患者は完全に多数派になっています。では、なぜ3割の患者は付ける選択をしたのか。最も多い理由は生きる選択ではなく、苦しいから。目の前の苦痛を回避するための選択だと言われています。

それでは、マスコミによく登場した人工呼吸器を付けながら安楽死制度に反対している障害者はどのような存在なのでしょうか。

先に、安楽死制度を求める重度障害者の、生きたくないと意思表示する難しさについて書きました。彼らは、日々多くの医療スタッフに依存しながら、医療スタッフに感謝しながら生きています。その関係性が壊れることは恐ろしいことです。

多くの障害者は、このような環境で人工呼吸器を拒否し、苦しみながら亡くなっています。なぜ、人工呼吸器を前に、苦しみながら亡くなる必要があるのでしょうか。

安楽死制度があれば安心。生きる選択が可能になる。

安楽死制度に反対する障害者もまた、このような環境で反対活動を行っています。彼らは、無理やりやらされている訳ではないでしょう。生きることに積極的だから利害関係が一致する。障害者団体の活動にも積極的になる。マスコミにもよく登場する。それは彼らの生きがいにもなっているはずです。この構図が解れば、障害者団体が障害者達の気持ちを代弁するものでない事がよくわかるはずです。

ALS女性嘱託殺人事件。彼女は生きることに積極的なタイプの女性であったと思います。引越し、生活保護、ヘルパーの手配、様々な手続きをご自身で行われていました。しかし、そんな彼女もTLSの恐怖から死に方を考えるようになった。彼女は胃ろうによる食事量を少しづつ減らして餓死する方法を医師に提案していました。
なぜ、このような死に方をしなければいけないのでしょうか。このような理不尽がまだまだ続きます。
安楽死制度がない現在の制度では、この方法は最も苦痛の少ない方法として一般的に行われている方法です。しかし、医師には従う義務はなく、拒否しても罪に問われません。
そして、胃ろうの設置への同意が疑わしい。これも、明確な証拠がなければ、罪に問う事は難しい。

犯人ではなく、主治医との関係に注目して欲しい。

ツイッターからの情報では、彼女は、胃ろうの設置前から死に方を模索していました。そして、胃ろうの設置を明確に後悔していました。
主治医は、彼女の早く死にたい、苦しまずに死にたいと言う気持ちを利用して、胃ろう設置に上手く誘導していたのではないでしょうか。そして、後悔する彼女の主張をのらりくらりとかわしてTLSに追い込み、診療を続けようとしていたのではないでしょうか。この2つの疑惑を、マスコミは追求してくれるのでしょうか。

彼女は苦痛や死を恐れる一般的な女性であり、現在の制度は、そんな彼女に餓死を決断させるような残酷な制度です。日本でのALS患者数は年々増加し、現在では1万人程度、そのうち1割程度がTLSになると言われています。国内にTLS患者が1000人程度いるとすると、彼らはどのようにTLSになっていったのでしょうか。

このままでは、事件の真相は闇に消えてしまう。

彼女は、死にたいという願望を、最後まで父親にだけは言わなかったそうです。
事件が公になった後、連日のようにALS患者のニュースが流れてきました。その多くが、生きる選択をした患者達です。私はその記事から、彼らが安楽死制度に反対する背景、その周囲の人達、生きる選択をしなかった人達の苦しみ、今も苦しむ患者さん達、そのすべての構図が連想されて非常に辛かったです。しばらくALS関連の記事を見ることが出来ませんでした。

私が皆さんの力を借りてお伝えしたいこと

いかがでしょうか。私は、これが日本の最暗部。死の恐怖を超える、永遠に感じる苦痛と恐怖の問題であり、究極の問題だと思っています。しかし、お伝えしたいことは、まだあります。

先ほど私は、大人達が声をあげてくれたおかげで、日本の医療のあり方は大きく変わったと言いました。しかし、見方を変えれば何も変わってないとも言えます。患者の意思を尊重する医療は努力目標であり、医師の責任を問えるものではありません。だから地方の病院では、助かる見込みのない患者にも、お金にならないでしょと言って、平然と管から栄養を注入し延命をはかる。苦しみを長引かせるだけと分かっているはずなのに。
今でも命を救うのが正義、治療を続けるのが正義であることに変わりはないのです。

正義と正義の戦いをエンタメに利用して欲しい。みんなに知って欲しい。面白い作品になる。

厚生労働省の提唱する人生会議(ACP)、日本尊厳死協会の提唱するリビングウィル、公証役場で作成できる尊厳死宣言公正証書、さらには海外の安楽死制度など、この分野における様々な制度との関係性がこの分野を難しくしています。

安楽死制度成立を拒む要素、社会的構造、エピソードは山のようにあります。誰にとっても身近な問題でありながら、安楽死制度に関する映像作品は非常に少ないです。そして、安楽死制度を拒む複雑な社会構造にスポットを当てる作品は皆無ではないかと思います。この話は、絶対に面白いです。

このような話を、プロの力を借りて映像作品にまとめたいと考えています。



資金の使い道


初めてのクラウドファンディングですが、志を大きく高めの目標金額を設定しました。資金が十分に集まらなかった場合は、予算に合わせて作品制作に協力していただける方を探して、共同で作業を進めたいと考えています。その場合、自前でDVD−Rに焼くことも考えているので、DVDの枚数は20枚と少なめに設定しています。ご了承下さい。

資金が十分に集まった場合は、金額に見合った作品、理想の安楽死制度実現に向けて、効果的なプロモーション方法を模索したいと考えています。是非、ご期待下さい。

皆様からの支援に自費を加えて、精一杯良い作品を作りたいと考えています。



実施スケジュール


令和3年
2月 クラウドファンディング終了 金額に合わせて企画作成、協力者を募集開始

3月 ご支援へのリターン

5月 協力者との打ち合わせ後、作品作成開始。

令和4年
3月 DVD発送期限 ※準備でき次第の発送なので、予定より早くなる場合があります。



最後に


人生で成し遂げたい事はありますか?

私は、より良い安楽死制度の実現に向けて、少しでも貢献したいと考えています。

精一杯活動し、次の活動、もしくは次の人達に繋がるような活動にしたいです。

よろしくお願いいたします。




本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も予算に合わせて映像作品を作成し、リターンをお届けします。

2020年11月6日金曜日

曖昧な老衰という概念は、医療会から無くした方が良い。

気になった記事のリンク切れを心配して、ブログの下書きにコピペしたものが溜まっている。
幸いにも、この記事は今でもリンク切れしていない。参考にして欲しい。



曖昧な老衰という概念は、医療会から無くした方が良い。
医療不審の原因は、極めてシンプル。
#QOL #安楽死 https://t.co/lf14JnQsh2

2019.08.14

実は日本人の死因第3位「老衰で死ぬ」とはどういうことか
どこも悪くなかったのに…の研究
週刊現代プロフィール



わずか3週間で逝った父
「父を老衰で亡くしてから、もう半年が経とうとしています。83歳だった父は重い病気を患ったこともなく、悪いところなんてどこにもなかった。ところが亡くなる3週間前から、目に見えて体力が落ちていったんです。

私が異変に気付いたのは、今年1月のある日。いつもと変わらない朝食での出来事がきっかけでした。それまで父は決まって朝7時に朝ごはんを食べていた。メニューはいつも一汁三菜のシンプルな和食です。

でも、その日、急に父が『今日はご飯、食べたくないな』と言い出した。父は健啖家で食べることが大好きだったので、戸惑いました。昼食の時間になっても、茶碗によそわれたご飯を一口、二口しか食べようとしない。体調が悪いのかと尋ねても、しきりに首をひねるばかり。自分でも何が起きたのかわからず混乱している表情を浮かべていました」

こう語るのは、東京都在住の小林慎太郎さん(58歳、仮名)。実父である幸助さんを半年前、老衰で亡くしたばかりだ。


慎太郎さんが幸助さんと一緒に暮らし始めたのは4年前。母の恵子さん(享年76)が乳がんで逝き、一人暮らしになってしまった父の身を案じた長男の慎太郎さんが同居を持ちかけてのことだった。

「それから亡くなるまでの3週間は、あっという間に過ぎてしまった。父は日に日に衰弱していき、枯れ木のように痩せていきました。

父が息を引き取った時、自宅で看取ってくれたかかりつけの先生はその死因を『老衰です』と診断しました。老衰というと、ただただ穏やかに、本人も含めた誰もが納得する『いい死に方』だと思っていた。ですが実際、当事者になると必ずしもそうではないんだと実感したんです」

いまや老衰は国内の「三大死因」のひとつにも数えられるほど。厚労省が今年6月に発表した'18年の人口動態統計では、初めて脳血管疾患や肺炎を抜いて、1位のがん、2位の心疾患(心筋梗塞など)に次ぐ死因3位にランクインした。いま、日本では年間10万人以上が老衰でこの世を去っている。

理想の亡くなり方を問われると、多くの人が「最期は老衰で死にたい」と口を揃える。だが、一度立ち止まって考えてみたい。そもそも、老衰とは一体なんだろうか。そして、老衰で亡くなるまでに、どのような過程を辿るのか。

慎太郎さんが語るように、一般的に老衰は加齢によって体が機能しなくなり、ゆっくり死を迎えるというイメージがある。その点で、心疾患などが突発的に起きたことで24時間以内に死亡する突然死とは違う。

「老衰の基準というのは、死亡診断書を書く医師によってまちまちでブレがあるんです。医者の間でさえも、共通の認識や見解が出来ているわけではありません。

Image by iStock

いまの日本人の平均寿命は、男性が81・09歳、女性が87・26歳。その寿命と照らし合わせて、80歳後半を過ぎて亡くなった高齢者には老衰という診断をつける医者が多いのが実情です。でも、何歳以上ならば老衰だと言える明確なルールは存在しません」(病理専門医の榎木英介氏)

50代で老衰もあった

老衰が昨年の人口動態統計で死因の第3位に浮上したのには、医学界の大きな方針転換がある。

'17年に日本呼吸器学会が出した「成人肺炎診療ガイドライン」。ここで初めて、患者に対して踏み込んだ治療方針が示された。

その中では、終末期の患者には「個人の意思やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を考慮した治療・ケア」が行われるべきだとハッキリ書かれている。つまり、患者によっては積極的な治療を実施せず、無理のない最期を迎えてもらおうという内容が盛り込まれたのだ。

これは「病を治すこと」を至上命題として掲げている医学界としては革命的なこと。実際、ガイドラインに後押しされるように、誤嚥性肺炎で亡くなった患者の死亡診断書にも「肺炎」ではなく、「老衰」と書く医者が急激に増えている。

「私自身を含め、これまでの日本の医学界では、とにかく手術や薬でなんでも治すことに重きが置かれてきました。

医療こそが人間を助け、生かしてくれるものだという価値観を信じて疑わなかったんです。でも、どんな生き物であってもいずれは免疫力が尽きて朽ちていくもの。現代の多死社会の中で、人生の終着点として老衰が見直されているのは、ごくごく自然な成り行きといえます」(世田谷区立特別養護老人ホームの石飛幸三医師)

ここでひとつの疑問が生まれてくる。たとえば第二次世界大戦直後の'47年、日本人の平均寿命は男性で50・06歳、女性で53・96歳だった。平均寿命がいまよりも30歳以上短かった当時にも、老衰という概念はあったのだろうか。

実は前出の厚労省の人口動態統計を見ると、その頃から年間5万人以上の日本人が老衰で亡くなっている。つまり、50代で老衰で亡くなる人もいたということだ。だが、いまの時代に50代の人が衰弱死しても、老衰という診断が下されることはまずない。

「老衰と判断するにはあまりに若すぎる」という、医者の主観的な判断が働くからだ。こう考えると、やはり老衰とはどこまでいっても「なんとなく」で診断される、漠然とした概念なのだ。

「そうとも言い切れないだろう」と、前出の榎木氏は語る。

「老衰と診断された死亡患者も、実際に病理解剖を行えば心筋梗塞や脳梗塞など、他の死因がかなりの高確率で判明するもの。ですが、現実問題としてそこまでの時間とコストをかけて死因を特定するようなことはしないでしょう。

遺されたご遺族も『がんや心筋梗塞で死んだとするよりも、老衰で死んだといったほうが外聞がいい』と、意図的に老衰を選択することも多々あります。

さらに老衰という名のもとに、病院側も患者への虐待や医療ミスを隠蔽することだって起こりうる。老衰が都合よく隠れ蓑に使われ、悪用されてしまうのです。そう考えてみると、手放しに素晴らしい亡くなり方だとも言いきれないことがわかります」

性格まで変わった

ではその一方で、在宅で老衰死を迎える人は一体どんな経過を辿るのだろうか。はたしてそれは多くの人が夢想するような「幸せな逝き方」なのだろうか。

冒頭の幸助さんのエピソードに戻ろう。慎太郎さんは父が自宅で息を引き取るまでの3週間を、克明に振り返る。

「父がご飯を食べようとしなくなってからも、しばらくは『お願いだからちゃんと食べてくれ』と、無理やり食事を摂らせていたんです。父も明らかに気が進まないながらも『わかったよ』と、食卓に座ってくれた。これまで通りの量、というわけにはいきませんでしたが、一日三食は欠かしませんでした。

それでも父は日を追うごとに痩せ細っていきました。165cm、55kgだった体は、たった1週間で50kg未満にまで体重が落ち込んでしまった。時間がかかってでも、食事は口にしている。嘔吐して戻したりすることも一切ありませんでした。

それなのに、なんで体重が落ち続けるんだろうと。父の様子を見ていると、カロリーを摂っても栄養がちゃんと吸収されず、スルスルと抜け落ちていくようでした」

Image by iStock

実は、これはまさに老衰で亡くなる高齢者に多くみられる典型的な現象。年齢を重ねるにつれて、体内の細胞数はみるみる減少していく。それが原因で栄養素を吸収する小腸の組織や筋肉が萎縮してしまうのだ。

小腸の内側はヒダ状になっており、食事を摂った際、そこから効率的に養分を運べる仕組みになっている。だが、老衰の状態になるとヒダが収縮してしまう。せっかく摂った食事を体内に上手く取り込むことができず、体重減少に歯止めがかからなくなる。


「その頃になると、父の動きは目にみえてスローモーションになっていきました。たとえば歯を磨くときも、コップを手にもったまま10分ほど洗面台の前で立ち尽くしているんです。どうしたのかと声をかけても、『おぉ……』と返答するだけ。

それまではうるさいほどお喋りな性格だったのに、会話のキャッチボールすらままならなくなる。性格まで変わったように大人しくなってしまいました。孫たちと遊ぶ時間をなによりの楽しみにしていた父を見てきた私としては寂しい限りでした。

父は庭いじりも趣味で、毎日のように庭でガーデニングをしていました。ですが、亡くなる2週間前からは外に出る気力も感じられず、縁側に腰かけてボーッとしていた。体に苦しみや痛みが出ている様子はありませんでしたが、思い通りに体を動かせないことに本人もどこか納得がいっていないようでした。

無理に食べさせていた食事も、亡くなる1週間前になるとほとんど受けつけなくなった。水も一日に300mlも飲めればまだいいほう。本当に舐めるだけなんです。布団に横になる時間も増えていった。体の水分が抜けて、まるで木が枯れていくような印象を受けました」

Image by iStock

細胞が老化すると「炎症性サイトカイン」と呼ばれる免疫物質が体内で大量に発生する。この物質が分泌されると体内の臓器が炎症を起こし、一気に機能低下が起きてしまう。幸助さんの動きが緩慢になったのも、これが原因だ。

たとえば筋肉がサイトカインによって炎症を起こすと運動機能が衰える。その結果、肺を動かす筋肉も動かなくなってしまい、呼吸も浅くなっていく。そうやって、少しずつ生命維持が難しくなってしまうのだ。

当然、最後の1週間を迎えるころには、慎太郎さんも父の先は長くないと感じ取っていた。

普段の会話の中で、かねてから幸助さんは「絶対に病院で薬漬けになって死にたくない」と語っていた。そんな経緯もあって、慎太郎さんは万一のことがあっても父を病院に連れていかず、自宅で看取ることを決意した。

最後の3日間、衰弱していく幸助さんの傍にいながら、慎太郎さんは父の体調が急変したときに備え、緊急の連絡網などを整理した。だが、それと同時に、この3週間の幸助さんの変調をまだ受け入れられないでいた。心の準備がどうしても追いつかなかったのだ。

「それまでは、老衰にはゆっくり時間をかけて死んでいくイメージがありました。私自身も、素敵だな、そんな形で最期を迎えたいな、とすら願っていた。でも、いざ父が衰弱していく現実に直面すると、『あんなに元気だったのに、こんな急に体調が変わるのか』というのが率直な思いでした。

残りの2日、父は寝たきりの状態になり、目はずっと閉じたまま。一切なにも口にしなくなり、ベッドに横たわったまま死んでいきました。

死後、周囲からは『お父さんも老衰で穏やかな最期を迎えられて、よかったね』と気遣う声をかけてもらいました。でも、私としてはどこか釈然としない気持ちでした。どうしても、『どこも悪くなかったのに、なんでこんな急にいなくなったんだ』というモヤモヤが消えませんでした」

本人は覚悟もできない

慎太郎さんが語るように、幸助さんは老衰で亡くなる前は大病を患ったことすらなく、健康そのものだった。本人にしても80歳はおろか、90歳、100歳になっても自分が衰えていくとは思っていなかったはずだ。それにもかかわらず、ある日を境にして、たったの3週間で人生の幕が閉じられてしまった。

ケアマネージャーとしてこれまで多くの高齢者の死に立ち会ってきた訪問介護会社「ぽけっと」代表・上田浩美氏は、老衰のもうひとつの側面をこう指摘する。

「いわゆる孤独死といわれている人たちの死因は、実はほとんどが老衰なんです。彼らは社会との接点を失い、50~60代以上の年齢に差し掛かっても外部と関わることなく引き籠もり生活を送っている。

+そんな人たちは目の前の生活に絶望し、食事もまともに摂らない。生きる気力を失い、限りなく自殺に近い老衰を選択するようになるんです。この現実をみても、老衰と一口にいっても実態は悲惨な現実がある。その点を忘れてはいけません」

これからも老衰死を望む人々は後を絶たないだろう。だが、それは必ずしも「天国への切符」ではないのだ。

『週刊現代』2019年8月3日号より


以上、引用文。

時期は自分で選ぶべきではない。自然を受け入れるべきだという信仰が根強いと思う。

しかし、医療の発達した現代において既に自然死は存在せず、その判断を医師に委ねているのが現状である。

私は、自分の死を医師に委ねたくない。自分の死は、自分で選びたい。

2020年9月9日水曜日

元FC岐阜社長の「第3の選択肢」


前回、イージーさんのアメブロの転記記事を紹介した。
リンク切れが発生したいたので、今回は、こちらの転記記事を紹介する。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

配信


ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 全身の筋肉が動かなくなる難病「ALS」の患者で、安楽死を望んだ女性を殺害したとして医師2人が逮捕された事件。ALSと闘う岐阜市の男性に思いを聞くと、ALSの患者が命の選択を迫られてしまう課題が見えてきました。 【画像で見る】ALS患者で元FC岐阜代表の恩田さん「死を考えたことない」人生

■ALS患者で元FC岐阜社長の恩田さん「大切な人が延命治療対象になっても同じことが言えますか」

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 サッカーFC岐阜の元社長・恩田聖敬(さとし)さん、42歳。全身の筋肉が動かなくなる難病「ALS」の患者です。 人工呼吸器をつけているため、言葉を発することができない恩田さん。まず、ヘルパーが「あ・い・う・え・お」と母音を読み上げ、恩田さんは表情で合図して止めます。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

次に、ヘルパーは「お・こ・そ・と・の」と横に読んでいき、伝えたい言葉を一文字ずつ選んでいくのです。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 今、恩田さんは「ある事件」に心を痛めています。 恩田さん(ヘルパーが代読): 「ついに起きてしまったと感じました。無念でなりません」 7月23日、京都府警に逮捕された医師の大久保愉一容疑者(42)と山本直樹容疑者(43)。2人の容疑は「嘱託殺人」です。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

去年11月、ALS患者の林優里さんの依頼を受け、薬物を投与して殺害した疑いが持たれています。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 逮捕された2人は林さんの担当医師ではなく、SNSを通じて知り合ったとみられていて、山本容疑者の口座には林さんの名義でおよそ130万円が振り込まれていました。 大久保容疑者は宮城県でメンタルクリニックを経営していましたが、延命治療を受ける高齢者などをたびたび「ゾンビ」と表現していました。 <大久保容疑者のものとみられるブログ> 「もう見るからにゾンビとなって生きているので痛々しいしですし、こういう人に医療行為を続けるのもためらわれる」

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

Q.逮捕された医師は、延命治療の患者はゾンビ発言をしていました 恩田さん: 「思想は個人の自由ですが、もし自身や自分の肉親など大切な人が延命治療対象になっても同じことが言えますか?躊躇なく殺せますか?と問いたいです。私もALSになったからこそ当事者としての思いを語れていますが、もし健常者のままだったら本件を重く捉えなかったかもしれません」


■恩田さんは「無念」…「生き地獄」から解放されたい思いは理解示すも「死しかなかったのか」

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 岐阜県山県市出身の恩田さんは2014年、FC岐阜の社長に就任。ALSを発症したのは、それから1年も経たない頃でした。 恩田さん(2015年): 「私は、通称ALSと呼ばれる筋萎縮性側索硬化症を発症しています」 まだ自分の声が出せる時に、病気を告白した恩田さん。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

そこから病状は次第に悪化し、2018年からは人工呼吸器をつけた生活になりました。自分と同じ病気の女性が自ら死を望んだ今回の事件、恩田さんの思いは…。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

恩田さん(ヘルパーが代読): 「ついに起きてしまったと感じました。ALSと共に生きることはたやすいことではないと、1人の当事者である私は理解しています。本件の患者様の生き地獄から解放されたいという思いは心底わかります。しかしながら、生き地獄から解放される手段が「死」しかなかったのか?命を保ちながら彼女の心のケアをする選択肢はなかったのか?そう考えると無念でなりません」 「生き地獄からの解放」という表現を使った恩田さん。殺害された林さんも、生き地獄を味わっていたのでしょうか…。

<林さんのツイート> 「安楽死させてください」 林さんのツイッターには、以前から「安楽死」についての書き込みがありました。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

そこには大久保容疑者とみられるアカウントとのやりとりも。 <大久保容疑者からとみられる返信> 「作業はシンプルです。訴追されないならお手伝いしたいのですが」

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

<林さんのツイート> 「『お手伝いしたいのですが』という言葉が嬉しくて泣けてきました」 林さんの父親は…。 林さんの父親: 「こんなつらい病気を抱えて、自分の意志でアクションできない体だったら、いっそね、安楽死したいと。それをずっと計画していたように思いますよ」

■音楽が好きだった女性「自分も家族も忍びない」…ALS患者が「生死の選択」に迫られる時

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

ニュースOne

 これまでに20人ほどのALS患者を診てきた、名古屋市中区にある「本町クリニック」の服部優子副院長。ALS患者の中に安楽死を望む人がいる背景には、その症状が深く関係していると言います。


ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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服部副院長: 「だんだん手足、呼吸の筋肉、嚥下する筋肉が悪くなっていくので、1か月前にできていたことができなくなったりすると、やはり不安ですよね」 現在、国内におよそ1万人の患者がいるといわれるALS。効果的な治療法は見つかっていません。

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服部副院長: 「だいたい(発症から)3年から5年で呼吸筋の障害が出てきて、呼吸器をつけないといけない状態になります。人口呼吸器をつけるかどうか自己選択というか、いわゆる『生死の選択』をしなければならない」 ALSは、病状が進行すると呼吸障害が起こり、生きていくためには恩田さんのように人工呼吸器が必要となる場合がほとんどです。

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人工呼吸器をつけて生きることを選ぶのか、それとも、人口呼吸器を付けずに死を選ぶのか。人工呼吸器をつけない選択をした患者はおよそ7割にのぼると言われています。

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服部副院長が演奏する曲、「私の秋」。作詞作曲をしたのは愛知県春日井市の、林いつこさんです。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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家族やヘルパーに囲まれて歌う、いつこさん。服部副院長が訪問診療を行っていたALS患者です。音楽が好きで、自分で作詞や作曲もするほどでした。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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服部副院長: 「この方もすごく音楽が好きだったんですけど、もちろんやっぱり手が動かなくなってピアノが弾けなくなって、ただ、何とか声は出たんですね。進行がゆっくりで、まだ人工呼吸器をつける状態ではないという感じだったが、その方はつけないと決めていた」 「回復の見込みがなく、これ以上苦しむのは自分も家族も忍びない」という理由から、人工呼吸器をつけないと決めていたと言います。2018年、呼吸困難になった いつこさん。意志を貫き、66歳で亡くなりました。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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服部副院長: 「本当に命を終わらせたいのかどうかっていうのはなかなか難しい問題。(他のALS患者にも)生きがいとかを一緒に考えてあげられるような人を作ってあげたいなと思います」

■「死を考えたことない」…元FC岐阜社長の恩田さんは「生き地獄から解放されて生き続ける」

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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 ALS患者で、2018年に人工呼吸器をつける選択をしたFC岐阜の元社長・恩田さんは、「私は死ぬのが一番怖いので死を考えたことはありません。本件で直ちに安楽死そのものの是非の議論をするのは性急だと思います」と意思を示しました。 「死を考えたことがない」という恩田さん。症状が進み、FC岐阜の社長を退任した後も、スタジアムに観戦に行ったり新しい会社を立ち上げたりとアクティブに生きています。


ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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自分で文章を入力することもできる恩田さん。空気が流れているセンサーを口にくわえ、それを噛むことでiPadのキーボードを指定し、時間をかけて1文字づつ入力しています。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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 この方法で、日々ブログを更新していて、今回の嘱託殺人事件についても書いていました。

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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<恩田さんのブログより> 『生き地獄を味わいながら生き続けるか、生き地獄から解放されるために死ぬか?』 二者択一だとALSという病気は世間から思い込まれています 私は2つの選択肢は選ばず、『生き地獄から解放されて生き続ける』選択肢を選びます 彼女の周りに一人でも『第3の選択肢』を本気で提案する人が居れば結末は変わったかもしれません 人は誰もが明日には障害者になる可能性を秘めている

ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」

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私も何の前触れもなく ALSを発症した 望んで障害者になる人などいない 今元気なあなた、もし ALSになったら、躊躇なく死を選べますか?/

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2020年9月8日火曜日

京都 ALS 安楽死 (番外 Yahooニュースコメント 編)


京都 ALS 安楽死 (番外 Yahooニュースコメント 編)

Part 4で終わるつもりだったのだが、偶然、下の記事、と言うかその記事についたコメントを目にしてしまったので、書かざるを得なくなった。

 

『ALS患者が「命の選択迫られる課題」…嘱託殺人事件で心痛めたALSと生きる元FC岐阜社長の「第3の選択肢」』

 

FNN プライムオンライン 8/23(日) 18:01配信

(https://news.yahoo.co.jp/articles/aba3be875aeb32221335d43030131827b263e433)

 

と言う記事がYahooニュースで配信されていた。

Yahooニュースには、記事に対してコメントが付けられるようになっている。

 

記事自体は、ALS患者のサッカーFC岐阜元社長・恩田聖敬氏のインタビュー記事で、

 

『本件の患者様の生き地獄から解放されたいという思いは心底わかります。しかしながら、生き地獄から解放される手段が「死」しかなかったのか?命を保ちながら彼女の心のケアをする選択肢はなかったのか?そう考えると無念でなりません』

 

と、ありきたり、人畜無害、無味無臭、新鮮味の欠片も無い、マスコミ迎合型の典型的な内容。

 

一方、私が見た時点で166件に上るコメントはほぼ全てが、この記事や恩田聖敬氏に対する批判。

ざっと見た限り全員が「安楽死」自体や、少なくとも議論をすることへの肯定派。

全員と言うことは、即ち同調圧力によって反対意見を投稿し辛い環境、ということが想像に難くないが、同調圧力は通常、多数派の意見に対する同調だから、少なくとも現時点においてこのコメント欄ではこの意見が多数派だという証拠。

しかも、それぞれのコメントは至極真っ当なものばかりだった。

 

少々旧いが、2010年に朝日新聞が行った世論調査(2010年11月4日朝刊)の結果は、下のグラフの通り(「安楽死の法制化賛成」が74%、「自分が安楽死を選ぶ」が70%)であったから、この傾向は今も変わっていないということが証明された。

 

 

看護学生&若手看護師向けの女性メディアである「看護roo!」のアンケートでは、実に1,306人中1,212人(92%)が安楽死に賛成している。

実際に患者を看ている現役の看護師の声はずっしりと重い!

 

ついでに、昭和大学で生物学を学んでいる学生を対象(一部は医学部生)に、「安楽死」、「尊厳死」に対する意識調査の結果も興味深いので、紹介しておく。

 

 

更に、第一生命が40~69歳の男女900名にアンケートを取った、「終末医療に関する意識調査」も興味深いので紹介しておく。

 

 

77%の人が、「多少は死期が早まっても、苦痛など不快症状を和らげることに重点を置いて欲しい」か「苦痛から開放されるために、生命を短縮させて欲しい」と望んでいるのに対して、「出来る限りの手を尽くして、少しでも長生きしたい」と望む人は僅かに10.2%だ。

これが、神経難病患者を対象としたアンケートだったら、どう言う結果になっていただろう。

 

 

話をもとに戻す。

 

前出の記事に対するコメントの主旨は大方、

 

「考え方はそれぞれなのだから、自分の考え方を押し付けるな」

「本人の選択を尊重しろ」

「選択肢を増やせ」

「マスコミが生きることを肯定する記事ばかり流すのはおかしい」

 

に集約されると思う。

 

 

ほんの一部のコメントを抜粋すると、

 

『頑張って生きるのもいい。でもそうじゃない人もいるってこと。』

 

『何が耐え難いのか当人にしか分からないしそれを否定出来る人はいないと思います

「生き地獄を越えて生きる」
あなたはそうすればいいけど他人にそうしろと押し付けるのはよくないですよ
人それぞれ』

 

『頑張って生きたいと言う人も居れば、もう死にたいと言う人も居るのは事実で、この相入れない双方の方達を救済が出来るのは、「安楽死を決めるのは、飽くまでも本人自身で有るとの事を、明確化にした上で、国が法的に安楽死を認めれば良い」、だと思います。』

 

『自由意思に基づいた安楽死の選択は、何人にも否定されるべきものではない。』

 

『まるで安楽死を望んだ人を責めているように感じる
安楽死を選ぶ事は罪なんだろうか
この人の言う「第三の選択肢」
それを押しつけられたところで誤魔化される人がどれだけいるんだろう』

 

『「自分の命をどうするか」という話に何故か他人の意思の話が介入してきて厄介だなと感じる。亡くなった女性が死にたいと望んだ事も、この記事の人が生きたい(死ぬのが怖い、死を考えた事がない)というのも全て個人差』

 

『この病を患った身内を看取った者として、生き地獄を目の当たりにしたと思ってます。
生きる希望?どう見出だせと言うのか?本当に酷です。本人の希望で延命処置はしませんでした。生きてさえくれればと思う家族の勝手なワガママは心にしまい、本人の意思を尊重しました。』

 

『みんなにお別れの言葉をもらい、自分で納得し、心穏やかに苦しまず寝るように死ぬ
それを望んではいけないことなのだろうか』

 

『死を選んだ人を題材にして俺は生きて頑張ってるから俺のほうが偉い、安楽死とか間違ってる!と、自信満々に語ってるだけの上から見下しおじさんでした。
ALS患者でも別々の個人なので、自分の考えが全て的な思考はよくない。』


『本人が最後まで悩んで、苦悩して出した答えなら例えどの様な選択でも、他人が否定する事は出来ないのではないでしょうか?
ましてや命の選択なんて他人から迫られる事では無いんです、どんな選択も最後は自分で選ぶ事が出来るよう周りが理解して助ける事が大切だと思います。』

 

『自分で、もうここまでって思ったときに自分でクローズできればいいが、そうでない状態になっていたとき、他の人を罪に巻き込みたくない

何が何でも生きろとは無責任には言えない』

 

『マスコミが連れてくる人はなぜ反対の人ばかりなのだろうか。
そもそも賛成の人は出たがらないのか、あえて取材しないのか、、』

 

『言論を歪めてまで、議論を封殺したいのはなぜなのか。』

 

『1部の反対する人たちによって、国民の7〜8割の人が望んでいる「穏やかで安らかな死」を選ぶ権利が奪われ続けている事にみんな気づき始めていて、怒りすら感じ始めている。
こういう記事を出せば出すほど、「生」の押し付けにうんざりし、反発心を招き、死にたいと思っている人達が、ますます声を出しづらくなり、似たような事件が起こって逆効果だと思う。』

 

『メディアはひどいですね。生きる希望を持ちこれからも戦う人、早く痛みや色々な辛さから開放されたい人、人それぞれだと思います。どんなに辛くても生きろ、私はそんな無責任なことは言えません。』

 

『メディアはひどいですね。生きる希望を持ちこれからも戦う人、早く痛みや色々な辛さから開放されたい人、人それぞれだと思います。どんなに辛くても生きろ、私はそんな無責任なことは言えません。』

 

切り(限り)が無いので、興味があれば前出の記事の下部にあるコメントに目を通して欲しい。

 

 

政府やメディアは、この声をいつまで無視し続けるのだろうか?

2020年8月19日水曜日

終戦とALS女性嘱託殺人事件に見る終わりなき地獄

しばらく滞っていたブログの更新が、今月は3度目になる。今までになかったことだ。

今までは、あまり余計なことを書かないようにしてきたつもりだった。しかし、ALS女性嘱託殺人事件があり、お盆の時期が重なった。何か話さずにはいられない気持ちになった。

私は繰り返し、安楽死を認めない現在の制度の残酷さを訴えてきた。
他の政治問題とは次元の違う残酷さがあると訴えてきた。
戦争や大量虐殺事件よりも理不尽で残酷だと訴えてきた。
しかし、いくら訴えても、その残酷さを理解できない人がいる。

亡くなった林優里さんは、ブログ内で母の命日について記述している。
https://ameblo.jp/tango522/entry-12428415472.html
顔をしかめて苦しそうにしていた母が、意思表示できない状態になり、そこで医師から延命措置を止めるか聞かれた。当然のように断った話だ。

彼女は自分が苦しむ立場になり、その苦しさと母の姿を重ね合わせた。
母が頑張ろうとしていると感じたのは、自分に都合の良い解釈だった。母に要らない苦痛を強いる決断だったと悔やんだのだ。

今、ネット上には安楽死制度を望む多くの重度障害者がおり大きな勢力になっている。彼女が使っていたような視点入力装置の普及も関係しているのだろう。
多くの人にとって、彼らの言葉は重みがあり、説得力があると感じるだろう。今回の事件をきっかけに、彼女らの情報発信は徐々に制限を受けることになるかもしれない。

もう一つの大きな勢力が毒親育ち、いわゆる親との関係が良くない状態で育った人達である。
心を閉ざし、表情を失ってしまった子供の気持ちがわかるだろうか。
自分の辛さを伝え、自分の事をわかってもらおうと必死に言葉を選ぶ。この思い出す作業自体が、痛さを思い出す事、辛かった自分を客観的にみる事に繋がり、苦痛を伴うのである。
やがて伝えることをあきらめ、心を閉ざし、表情を失う。その状況になれてしまった子供は、周囲と正常な関係を築けなくなってしまう。

林優里さんは、自身の決断を悔やんだ一方で、遺族が延命治療中断の決断をすることは難しいと言った。
私であれば中止の決断をしたはずだ。苦しむ姿を見ていたくはない。
医師は延命治療を簡単に辞めようとしない。医師が止めるか聞いてくるということは、もう難しいと考えるだろう。その後の状況について、私は責任を持てない。
通常、遺族は希望を棄てきれない。そんな遺族に判断を委ねる医師は、無責任で卑怯だと感じる。

私は多くの辛い経験をしてきた。辛さを引き受けることに慣れてしまっていた。自分以外の者が虐められているのを見ると辛い気持ちになった。赦せない気持ちになった。

ベッドの上で動けなくなった肉親を見ると、辛い気持ちになった。医療がなければ、既に亡くなっていた命。数週間の後に訃報があると、更に辛い気持ちになった。
いつも通りの日常、私が学校にいた時間、テレビを見て笑っていた時間、どれほど辛く感じられただろう。どれほど長く感じられただろう。見守る事しか出来ない理不尽で残酷な時間。

同じ悲劇を見ても感じる辛さはそれぞれ。
林優里さんは自分の身体が動かなくなるまで、その辛さに気付けなかった。
どのように説明すれば気付いて貰えるのだろうか。もっと残酷な話をするべきか、それとも実体験をもとにした生々しい話をすべきか。そのような活動をしてきた。
同じ話をしても感じる辛さはそれぞれなのだ。

林優里さんは、安楽死を求める一方でヘルパーの手配を精力的に行っていた。
生きることに意欲的ともとれる行為だが、苦しみたくなかったのだ。
安楽死を求める重度障害者の多くは、それと同時に社会福祉制度の充実を求めている。

既に24時間体制のサポートを実現する為に20人を超える体制が必要とされている。安心して生活する為には質も量も足りないらしい。
自分が仕事をせず、20人以上を超えるスタッフに囲まれながら生活することを想像できるだろうか。
他人の世話にはなりたくない。そんな人間が出来ないことを受け入れ、介護を受け入れ、安心して生活する為に障害者福祉の充実を訴えるようになっていくのである。
本人達が望むならいくらでも充実させれば良いと思う。

林優里さんは、かろうじて目の動きで意思表示ができる状態であった。目の動きがなくなれば、TSL完全閉じ込め状態となるのだ。苦痛から逃れるためにどのような手段を駆使してもTSLになれば、もう何もできない。
どのような苦痛に襲われても、誰も知るよしもない。
私が知る限り、TLS患者数はよくわからない。ALS患者数が1万人程度とし、そのうち10%程度がTLS状態にあるとすると1,000人程度いることになる。
障害者福祉を無限に充実させても、安楽死制度の必要性は変わらない。

この問題は調べれば調べるほど恐ろしい話に感じる。
メディアには、安楽死に反対する重度障害者が多く登場する。
一方で人工呼吸器を選択するASL患者は3割に過ぎず、7割が付けずに死亡しているとするデータが大きな話題となった。
一般的な日本人へのアンケートでは、7割以上が安楽死に賛成と言われている。
重度障害者のアンケートでは、どのような結果になるのであろうか。
医師の管理下にある重度障害者が、精神的に自由に回答できる環境を作れるのかも疑問である。
安楽死制度に反対する障害者は、特殊で希少な選ばれた人達のように感じる。

安楽死制度を求める重度障害者は、苦痛を避けるために延命治療を続けながら、最後に安楽死を求めているように見える。
安楽死制度を求める私は、人々が苦しむのを見たくないので、自分が苦痛を引き受けたいと考える。理不尽な苦痛のない社会を実現する為に命を捧げたいと願う。

安楽死に反対する障害者は何を望んでいるのであろうか。私は、安楽死のない高福祉社会は、それで救われる人がいる一方で、必ず地獄を生み出すことになると考えている。お金を使って地獄を生み出しているのだ。
既に多くの地獄が生み出されているのに、気付かない人は気付かない。

2020年8月10日月曜日

8月9日に思う。戦争、虐殺よりも残酷な行為。

 前回の記事がどのように解釈されたのか心配である。

この時期になると、人と人が殺し合う理不尽さと向き合うことになる。
戦争という不幸に思いをはせ、命とは何か、生きるとは何か、現代社会と向き合うことで、様々な思いが溢れてくる。

安楽死制度は、もっとも残酷で重要な問題として、他の政治問題とは切り離して考えたいと思っている。

労働問題、原発問題、社会保障制度、少子化問題、食品安全、外交、戦争、テロ、虐殺事件、どれも非常に重要な政治問題である。しかし、それでも安楽死制度は、もっとも残酷で重要な問題であり、他の政治問題とは切り離して考えたいと言っているのである。わかって欲しい。

人権、生存権は、重要な概念である。その重要な人権、生存権がなぜ曖昧で抽象的な概念のままなのかを考えて欲しい。死の権利が確立されていないからである。

なぜ、生きる権利は存在しないのか。なぜ、生きる権利ではなく、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利となったのか。健康で文化的な最低限度の生活と死の権利の間をどのように定義するのか、そろそろ死の権利の重要性に気付くべきだ。

死の権利がなければ何も始まらない。人権も生存権も曖昧で抽象的なままでは虚しい。
安楽死制度の成立。できるだけ良い形でスタートする事が大切だと考えてきた。人権や生存権の前進に繋げたいと考えてきた。

ALS女性嘱託殺人事件が、その考え方を変えた。少しでも苦しむ人を救うために、早く変えたい、少しでも変えたい、そう思った。

一例として、近年ALS患者が人工呼吸器をつける選択を迫られた場合、3割がつけ、7割が死を選ぶそうです。一度つけると取り外すことができない。それが怖くて死を選ぶそうです。
今回の事件は胃ろうをつけた事を後悔した話でした。ネット上には胃ろうをつけた事を後悔し共感する患者自身の書き込みが複数見られました。

医師は当然、つけることを勧めるだろうし、患者に生きる希望を与えるべきです。私はそのような医師のあり方は正しいと思います。
しかし、それを拒絶する患者の立場は辛いと思います。支えてくれた医療スタッフを裏切るような気持ちになると思います。死にたい訳ではない、つけた後の生活が怖い、死ねなくなるのが怖いから、医師や家族の気持ちを裏切り、死を選ぶのだと思います。

なぜ死の権利が認められないのでしょうか。死の権利があれば、当然、人工呼吸器や胃ろうを選択する患者は増えるだろうし、もっと納得の出来る最期を迎えることが出来るはずです。
なぜ自然死の体裁にこだわるのでしょうか。薬による安楽死、呼吸器の取り外しによる死、選択された死は望ましくないものなのでしょうか。

私は将来、選択できる死を選びたい。納得できる最期を選びたいと考えています。
それは、家族に対してもそうあって欲しいと思います。最後まで支えたい。本人の意思を受け入れたい。最期まで見届けたい。安らかな最期を迎えて欲しいと願うからです。
何人もの家族、親族の死を受け入れてきました。医療の発達した現代社会において自然死の体裁にこだわり続けることは、多くの場合において不自然だと感じています。

話を戻します。胃ろうや人工呼吸器の取り外しに関わる分野は、尊厳死の分野に入ると思います。以前の私であれば、私の考えるような安楽死制度の成立を目指すことで、多くの不幸をなくすことが出来る。まず、そこを目指すことが大切と考えていました。しかし今は、尊厳死の分野だけでも変えたい。少しでも早く変えたい。少しでも不幸をなくしたいと考えています。

呼吸器を選択しなかった人、なぜ医師や家族の勧めを拒否し、呼吸機能の低下を待って死ななければならないのでしょうか。この事だけでも不自然で理不尽です。
もっと理不尽なのは、医師や家族の勧めに従って胃ろうをつけて後悔した方です。後悔しても誰も助けてくれません。意思表示能力が無くなれば、誰も本人の気持ちに気付くことができず、家族や医療スタッフは本人が喜んでくれているに違いないと感じながら何年にもわたる介護生活を続けることになるのです。こんなに理不尽で残酷な話はないと思います。
今回の事件は、目の機能が衰え、まもなく意思表示能力を失いそうな中での事件でした。

私は、障害当事者であり知性を感じる彼女に、ツイッターで質問をしていました。事件後にそのツイートにいいねが押されたことをきっかけに当時の記憶が蘇りました。辛かったです。

話は変わりますが、今回の事件では、障害当事者の書き込みが多く見られました。今までは、あまり無かったことです。亡くなられた女性同様に視点入力装置等によってインターネットを出来る環境が整ってきたからだと感じています。私の知る限り、皆さん匿名で書き込みをされているようでした。


私が安楽死制度を、もっとも残酷で重要な問題と考え、他の政治問題とは切り離して考えたいと感じている理由。原爆や戦争よりも、大量虐殺事件よりも残酷だと感じる理由は少しでも理解していただけたでしょうか。
まだまだ話足りないことはたくさんありますが、今回はこの辺りで失礼します。

2020年8月7日金曜日

8月6日に思う。戦争、虐殺よりも残酷な行為。

8月6日に思う。広島、長崎、そして終戦記念日。
原発、都市空襲、民間人と狙った大量虐殺である。
私は元自衛官であり、当然戦争法も学んでいる。
戦争は兵士と兵士の争いだ。
軍事施設ではなく、都市部、民間人を狙った攻撃は、戦時中に行われた民間人大量虐殺事件であり、これは決して戦争ではない。許されない行為である。

戦争は悲惨である。戦場で仲間を殺めた帰還兵の話を聞いたことがある。
仲の良かった仲間が攻撃を受けて負傷したのだ。とても助けて帰れる状況ではなかった。
変わり果てた姿、痛みで錯乱した仲間が「殺してくれ」と訴える。
「楽にしてやる」一思いに切りつけ。最期を見届けてから逃げたそうだ。
涙が止まらず、手には感触が残っているそうだ。
最も辛かった体験として話された話だったと思う。

兵士は殺すべきではなかったのだろうか?
万が一にかけて助けを呼びに行くべきだったのだろうか?
人を殺すのは悪いことなのだろうか?
苦しむ仲間を置き去りにするのは残酷なことだろうか?
答えはないのだろうか?

鳥、豚、牛、食用の動物達がいる。彼らは適切な年齢で屠殺される。若くして亡くなるのだ。
私達が口にすることになる彼らを、愛さずにはいられない。短い人生をより良く生きてもらいたい。辛い思い、苦しい思いをせず最期を迎えて欲しい。
私は水産加工工場で働いていたことがある。最初は切落された魚の頭が並ぶのを見て気分が悪くなっていた。
しかし人は馴れる。切落された頭が並ぶ様子を見ても何も感じなくなる。
私達は、野菜や果実を含め、あらゆる命を戴きながら生きている。その罪の意識を感じることなく生きることは許されて良いものなのだろうか?

先日のALS女性嘱託殺人事件は、ショッキングなニュースであった。
多くの人が、SNSで助けを求めるしかなかった女性の境遇に同情した。
安楽死制度を求める声も多く上がった。そして今回はALSで苦しむ当事者の匿名の声がネット上に多く寄せられた事が特徴的であった。
しかし、多くのマスコミは殺害した医師を凶悪犯罪者のように書いた。
優勢思想という言葉がトレンドになった。
マスコミは今までと同じように、安楽死が認められれば重度障害者が生きたいと言い辛い社会になると警告した。前向きなALS患者の記事で埋め尽くした。
私も死にたいと思ったことがある。それを乗り越えて今がある。安楽死を考えることは危険である。
おそらく安楽死制度が必要と感じる圧倒的世論を感じながら書かれている。様々な表現で安楽死制度を遠ざけるような記事が書かれ続けた。

事件が報道されてから、もう2週間になる。今回は長い。
繰り返しによる印象操作である。
明らかな庶民の敵であった消費税が、繰り返しの印象操作によって認められた。
人々が納得するような上手い説明があった訳ではない。
多くの人々は常に税制に関心を寄せているわけではない。繰り返しの印象操作によって納得してしまったのである。

私は、この問題を他の政治問題と切り離して考えている。
政治問題は重要である。しかし、この問題だけは次元が違う。絶対に許されない行為が行われていると思う。
今の医療制度は狂っている。戦争や原発よりも理不尽で残酷なことをしている。
患者を並べて、無責任に生きる希望を与えている。そして人は馴れる。苦しむ患者達のすぐ近くで、テレビを見ながら笑うような平穏な生活をしている。
彼らは重要な決定権を患者にあたえない。そして時に重要な決定を放棄している。

そして残酷なことに、私達も共犯者になっている。苦しむ人々を放置しているのだ。
何か事件が起こると安楽死制度の必要性を訴えて、そして忘れる。
私達は、いつまでも共犯者のままである。
安楽死制度は難しい問題ではない。安楽死制度は必要。難しいのは線引きである。
安楽死制度が成立しても、すべての問題が解決するわけではない。
私達は命と向き合い、より良い制度を目指さなければならない。

陳情書素案の文章をclaudeで整理してみました。

こちらのブログで紹介していた陳情書素案の文章をclaudeで整理してみました。 社会的弱者目線の包括的で徹底的な保護政策であることが読み取れると思います。 原文と合わせてご確認いただけると嬉しいです。 〈原文〉https://shinokenri.blogspot.com/202...